ブラジルは誰にでも有望な投資先か=進出日本企業に体質改善を提言=サンパウロ市在住 西銘光男=(下)

<5> 租税関係

 企業誘致のため、各州政府は競って免税措置を提示する。そのため税収入が伸びず四苦八苦している州も多い。これは進出企業にとってプラス要因ではあるが、ブラジルの税政自体が怪物なのだ。
 ブラジルには連邦、州及び市税がある。州の数が27、市が5710(2013年)あって、それぞれ独立した税政システムを持っている。
 その他省令、公共機関の指令、規則などが入り乱れ、それぞれが朝令暮改を繰り返すため、これらを完全に把握するには専門のコンサルタント又は税理士を常駐させなければならない。
 税率は高い(GDPの35%、新興国平均は15%)が常に赤字予算だ。
 税金が高い上に追行経費が嵩むので、ブラジルでの会社経営上最大の頭痛の種であり、これもブラジル・コストを吊り上げる要因の一つである。

<6> 進出企業の労資関係

優秀な現地社員を使いこなしてこそ、成功が望める

優秀な現地社員を使いこなしてこそ、成功が望める

 ブラジルに進出してきた多くの企業は、日本の人事政策をそのまま採用している。上司は絶対的な権力を持ちパワハラを繰り返し、人権無視、差別視するので現地の日系人から毛嫌いされ、優秀な人材が寄り付かない。
 サンパウロ市内のある企業に役員として単身赴任して来て自炊していた駐在員が、出勤して来るなり会計担当の主任に「味噌買って来い」と命令した。
 会計士と言えばブラジルでは商業専門高校(1960年代まで、今は大卒)を出て資格を取る職業で、一応エリトの誇り高い職業であるという意識がある。
 それが邦字新聞に嗅ぎつけられ、毎日の様に「味噌買って来い事件」と銘打って面白可笑しく報道された。それで納まらず、駐在員の個人的な夜の生活まで調べ上げ、それを脅迫材料にしたとも噂された。要するにこれで進出企業/日系社会の間に深い溝が出来てしまった。
 日系人が差別視されるので、現地採用の職員が役員に登用されるケースは極めて稀である。
 優秀な人材が寄り付かないのは、価値付けと給与形態で、ブラジルにおける会社の将来性を見限ったせいである。
 現地の事情に疎い上に、充分な権限がない社長を頂点に組まれた給与形態では、現地で通用しない事が理解できていない。
 精神論ばかり唱え、「薄給に耐え、愛社精神を発揮する」型の社員を求めた。これに反し、欧米系企業はその求人広告に、特殊技能(英語その他の言語)手当◎◎%と公開したが、日本企業の感覚として日本語は特殊技能の内に入らない。
 だから日本語よりも英語を習うようになった多くの日系人は、難解な入社試験に挑み、そちらへ流れて行った。
 ブラジルへ派遣される駐在員にも問題があった。豊かな国際感覚を持つ総合商社は例外として、多くの経営者は現地の事情に疎いため、何事も本社にお伺いを立て、その指示に従うと言うやり方で、何事も後手に回ってビジネス・チャンスを失う結果となる。
 相談を受ける本社も、刻々と変わる当地の事情を把握している訳ではないので、適正な判断を降す事は至難である。ある派遣社長がいみじくも語ったところによると「ブラジルでの社長は孤独なものだ」。更にもう一人は、「日本の進出企業が余り伸びないのはどうしてでしょうか」と言うのがあった。
 現地の事情に疎く、日本語が不十分だと言う事で現地日系人を軽視するので、頼りになる職員が周囲にいない、権限が与えられていない、いや、あってもそれを行使出来ない。
 常に〃東方遥拝〃し事なかれ主義に徹して、会社を経営するからこんな状態になってしまうのだ。
 ブラジル日本商工会議所のあるベテラン会長がこんな発言をしたことがある。「進出企業の役員交代が頻繁に行われているが、そのほとんどが帰国の挨拶で、『お陰で無事役目を果たすことが…』と言うが、これは本社におけるキャリアーを気にした『事なかれ主義』で、自らやる気を持たなかった事を白状しているに等しい」と。
 それは兎も角、欧米企業のやり方は全然違う。現地の社長にはここの事情に詳しいブラジル人を含めた人物を起用し、広範な権限を付与する。旨く行かなければ即刻クビと言う徹底したプラグマチック戦略を採っている。
 例えば50年代末、自動車産業が積極的に運動し、無為替輸入(現物出資)制度を導入し業界が大変潤った事があった。当時ブラジルの為替事情が非常に悪く、輸入許可申請時に輸入額の100%を積むという制度があった。機械、設備等を現物で持ち込めば為替契約が無いので、積立金が要らないと言う考えである。
 これは現地社長たちが豊富な人脈を通した活発なロビー活動の成果であり、また舞台裏でこれを草案し構成したのは日系弁護士であった。残念ながらこのような素質を持った日系人を雇う能力が無い日本の進出企業には出来ない芸当で、この体制を根本的に変えない限りどうにもならない。

<7> 結論

 では、ブラジルは日本企業にとって有望な投資先ではないのだろうか?
 いや決してそうではない。約百カ国から移民を受け入れた多文化国家であり、国民も国際感覚が豊かであるから、やり方次第で事業を伸ばす地盤は十分備わっている。
 問われるのは経営担当者のメンタリティの入れ替えであり、現地の事情を把握する事、変な優越感や人種偏見を持った日本的な経営体質が通用しない事の認識、人情に適った対人関係の構築、信頼をかち取る雰囲気作り、現地に適った給与形態と商品開発、企業協会、同業者組合等の機関を通じた人脈の構築、透明な営業方針等を積極的に推進できる人材を揃える事が出来れば、これらを支える有能な人材には事欠かず、必ずや良い成績が期待できると思う。(おわり)