サンフランシスコ川に鉱毒が流れ込んだら悪夢…

ブルマジーニョの鉱滓ダムから出た有毒汚泥は、パラオペバ川に流れ込み、下流のサンフランシスコ川に向かって下降している

ブルマジーニョの鉱滓ダムから出た有毒汚泥は、パラオペバ川に流れ込み、下流のサンフランシスコ川に向かって下降している

 人生における「幸運の総量」は決まっているのか?――3年前のマリアナの鉱滓ダム決壊で生き延びた人が、今回のブルマジーニョでは行方不明になったとの報道に接し、そんなことを考えさせられた。2月3日付ヴェージャ誌サイトによれば、溶接工エリジオ・ジアスさん(32)はヴァーレの下請け会社社員で、2015年にはマリアナ鉱滓ダムの現場で働いていた。
 19人が重金属入りの泥水に流されて死んだマリアナ事故の直前、たまたま現場から離れたところに昼食をとりに行っていて命を救われた。エリジオさんの兄弟ラエルシオさんは、「いつも感極まった感じで、その時のことを話していた。ギリギリで生き延びたって。食事が終わって戻った時には、ついさっきまで働いていた工事現場が全て泥の下に埋まっていたと言っていた」と同取材に答えている。
 エリジオさんの伯母ルイザ・アパレシーダ・フェリッペさんは「今回はヴァーレの社員食堂で昼食をとっていた時に泥流に襲われ、皆と共に流された」と見ている。「もちろん、最初は近くの家に救助されて生きているのではとの望みを持っていた。だけど、時間がたつに従って、そんな希望的な観測は捨てた方が良いと思うようになってきた」という。人生はときに無慈悲だ。
 だが「なぜ鉱滓ダム決壊事故が再発したのか」を考えてみると、そこに構造的な問題があることに気付いた。いわゆる「Bancada da Lama」(泥議連)の存在だ。以前は「bancada da mineradora」(鉱物資源議連)と呼ばれていたが、鉱滓ダム事故以降そう呼ばれるようになった。
 フォーリャ紙2月3日付によれば、鉱物資源採掘企業群(ミネラドーラ)から献金を受けて、その利益を代弁する議員グループがある。ミネラドーラに不利益な法案があると廃案に追い込んだり、修正を加えてダメージを最小化する議会工作を行っている。
 特にレオナルド・キントン氏(MDB)はその中心人物で、14年選挙時にミネラドーラから受けた210万レアルもの献金は全選挙資金の42%を占めていた。ただし昨年は企業献金が禁止された初の選挙であり、彼は落選。だが昨年再選した同議連の連邦下議は9人おり、キントン氏本人もボルソナロ政権の補佐官となって影響力を保持している。
 マリアナ事故のあと、ダムの所有者サマルコ社(ヴァーレの共同経営社)は56件、合計7憶1600万レアルの罰金が科せられた。だが、誰も責任をとって刑務所に送られたものはなく、払った罰金も4100万レアルのみ。
 2月3日付BRASILNEWSサイトは「ヴァーレの犯罪」という論説を掲げた。いわく《この優秀な弁護士たちと同じレベルの活動をこれら企業がしていれば、ダム一つ決壊することはなかった。ミネラドーラは(自分達が賠償責任を問われないための)“政治的・法的・経営的なダム”の構築には大変有能だ。ダム監査の厳重化法案は上院で堰き止められ、現在たった3200レアルでしかないミネラドーラへの罰金を3千万レアルに値上げする法案は下院で埋没させられた》と書いた。
 この議連の活躍の結果、790基もある鉱滓ダムへの検査官がたった35人しかいないという事態が、マリアナ事故後も続いている。《鉱山動力省の鉱山資源を扱う部署は、ヴァーレのベテラン社員4人が操っている。キントン議員の家族が経営する企業は、ブルマジーニョで鉱物採掘に関係する》(前掲サイト)。
 これを読んで思ったのは、エリジオさんは「運が尽きた」のではなく、マリアナ事故後も続いた同じ構図の中で「いずれ遭うべくして遭った」のではないかということだ。
 ブルマジーニョ事故で最も恐ろしいのは、鉱滓が「サンフランシスコ川」に流れ込んで大環境破壊に至る可能性だ。
 言うまでもなく、ノルデスチ(北東伯)の奥地生活を支える大動脈、ブラジル最大の河川の一つだ。ミナス州を水源にバイア州、ペルナンブッコ州、アラゴアス州、セルジッペ州を潤す。全長2830キロもあり、521市の住民がその恩恵を被る。
 ちなみに日本の本州の全長が1500キロだから、その2倍近い。これなくしてノルデスチの生活は成り立たないといわれる「母なる大河」だ。
 そこに重金属などの有毒鉱物を含んだ鉱滓が流れ込んで、生活・農業用水として利用できなくなったらどうなるか――。直接・間接ふくめて何百万人に影響があるのではないか。正直言って誰も想像したくない大惨事だ。
 ヴァーレ社やミナス州政府はとりあえず、サンフランシスコ水系に入る前に二つの水力発電ダムがあり、それが鉱滓の下降を妨げるから、流れ込むことはないとの希望的観測を広報している。

初七日ミサで消防隊員が現場で一斉に敬礼した様子

初七日ミサで消防隊員が現場で一斉に敬礼した様子

 だが、国営通信アジェンシア・ブラジル1月29日付記事には《国連の報告官は「鉱滓ダムの泥はサンフランシスコ川に到達する」と言及》との記事を配信した。水問題の専門家レオ・ヘレル氏は《まだ断定するには早いが、パラオペバ川に入った泥はサンフランシスコ川に流れ込むだろう》との見方をする。
 これはブラジル地理サービス(CPRM)の報告書にも書かれ、しかも《2月15日から20日ぐらいには到達》との推測まで。はやければ今週末だ。
 政府関係者はときに「対処が不可能なレベルの大惨事が起きた時には、あえて見ないふりをする」ことが考えられる。今回の場合なら、有毒鉱物が流れ込んでも「検知されていない」と言い張る可能性だ。どうせ対処できないのだから、「市民は知らない方が良い」と判断して放置するケースだ。そうなら今後、鉱毒中毒患者が数万人、数十万人レベルで発生する恐れがある。そうならないことを心から祈りたい。
 ミナス州やバイア州には日系農業者も多くいる。他人ごとではない。孟子の言葉に「水は低きに流れ、人は易きに流れる」がある。今回の惨事は、地震や台風のような避けられない天災ではなく、発生が予知できた人災だ。「人は易きに流れてはいけない」という戒めを学べるか―が問われている。
 新しい連邦議員たちが1日に就任したが、奇しくもその直前にこの惨事が起きた。厳しい現実から目をそらさずに対処し、二次、三次災害に広げぬよう襟を正してほしい。(深)