臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(81)

 子どもが沖縄人のグループだけに閉じこもるのをおそれ、両親は一生懸命日本語を教えていた。体が冷えて肌がカサカサしていた。唇はわけのわからない青い色になっていた。歯をガチガチさせ、体を縮め、額にしわができるほど、顔をゆがめている。痙攣を起こし、房子が計ってみると脈も弱くなっていた。ところが急に今までの症状がなくなった。
 すると震えがおさまり、「熱い、熱い」とわめき、今度は大汗をかきだした。かつてなかった汗のかきかただった。呼吸は浅く、早くなった。水をほしがり、たくさん飲ませても、熱はさがらない。顔はまっかになり、また、頭が痛いと訴えた。房子は子どもに肌を寄せると、ものすごく熱があがっている。額に手をあてるごとに、熱くなっていく。
 「アジービヨー ナ」危険なとき叫ぶ声が口をついてでた。
 「イチ デエジ ナトーサ」(どうしよう。一大事だ)息子のこんな状態など今までみたこともない。
 「湿布がいい」それだけが頭に浮かんだ。冷水の湿布を額と首にあて、布が体温と同じ温かさなると、冷たい湿布にとり替えた。多少それがきき、気持ち良さそうにみえた。だが、湿布はまたたくまに熱くなる。この熱の高さは異常だ。
 絶対風邪なんかではない。
 症状が急にコロコロ変わる。的確な治療法を漢医療法の知識に求めようとするのだが、房子には考える余裕もない。病状は矛盾し、よいと思ってやってみると、逆に悪化する。手元の処方箋にはこの種の処方などまったく見当たらない。
 今までの自分の治療法に自信があった。これまでの経験からもっとはっきりした症状が現れていたら、例えば、体のどの部分、たとえ内臓であってもどのへんが痛むのか、寒気、せきのしかた、長引く微熱などで直すことができた。けれども正幸の場合はどの症状にも当てはまらない。震えながら寒がっていたのに突然、高熱を発した。低温が高熱に、悪寒が発汗状態に変わった。正輝は「どうにかしろ」とせき立てる。たしかに、どうにかせねばならない。でも、どうすればいいというのだ?
 突然、子どもは力をぬいた。痛みの激しかったときは、ずっと体を丸めていたのが、まるで、痛みがとまったかのように、うつぶせになった。またたくまに熱が下がり、真っ赤な顔も、次第にもとのようになった。顔つきもよくなり、眠ってしまった。房子も正輝もベッドのそばで、夢ではないが? いや、もっと恐ろしいことがおきたのか? と思った。だいぶたってから、子どもはいびきをかきはじめた。深く眠っている証拠だ。夫婦は少し寝ようと床に入った。けっきょく、症状は5、6時間の間、つづいたことになる。
 朝、夜中になにごともなかったよう正幸はスヤスヤ眠りこけていた。夫婦はどうしたか? もちろん、野良仕事に出かけた。ただし、それは正輝だけで、房子は正幸の世話をし、アキミツの授乳のために家に残った。
 その日は何も起こらなかった。夜も夜中にもだ。もう、治ったのだろうか?
 けれども房子は何の確信ももてない。息子の健康について何の予想もできなかった。あのときの恐ろしさが忘れられず、もう一度あの症状がおきるのではないかと警戒した。用心するといっても、何をするというのか? 突然おそう症状をただ、まっているだけなのだ。