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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(99)

 ウサグァーは一言もいわず、泣き言もいわず ののしりもせず、ただあえぐのだった。子どもたちは従妹、ウサグァーの苦しげな息遣いを聞いていた。母親ほどの年齢の差はあったが、まぎれもなくマサユキ、アキミツ、ヨーチャン、そして、赤子ミーチの従姉に違いなかった。
 ヨーチャンが「死にかかっているんだろうか?」と聞くと、マサユキは長男としての威厳を見せ、「だまっておれ」と命令した。
 しかし、三人ともドアにぴったり耳をあて、注意深く音を聞き、ドアの向こう側でいったいなにが起きているのか、かつて経験したことのない事態に聞き耳を立てていた。

 すべての騒動がはじまったのは夜、8時30分を少しまわったときだ。
 はじめの銃声があってからの30分は、全員にとって恐怖の時間だった。正輝と房子がウサグァーの出血を抑えようと、躍起になっていた。どうにもならないことが分っていても、簡単にあきらめきれず、状況に打ち負かされないよう房子が金切り声をあげながら、がんばりつづけたあの30分間こそ、壮絶な時間だったといえる。信じがたいことだが、人間はどんな悲壮な状況におかれても、時とともに状況を受け入れ、馴れていくものだ。不思議なことだ。事件が起きてまだ1時間も経っておらず、ウサグァーのうめき声が弱まり、呼吸も速いとはいえ、静かになったとき、
「ヌーウスガテー、ヌーウスガテー(どうしよう、どうしよう?)」
とののしったり、訴えつづけてはいるが、房子はもう叫ばなくなり、落ち着きをとり戻していた。あとは待つだけ。助けを待つ、そして、警察を待つだけなのだ。
 ただ、それは長い長い時間だった。助けをよびにいった者は、町の中心にあるサンタカーザ慈善病院まで8キロほど歩いて行かなければならない。そこから、警察所までいって、事情を話し、警察はマシャードス区に出向するチームを動員しなくてはならない。
 死の訪れを待つだけだ。死はゆっくり、ゆっくりやってきた。うめきは止まらなかったが、しだいに弱く、間隔がのびていった。子どもたちは目を覚ましたままだった。夜が明けようとしていたころ、うめかなくなった。房子は突然、激しく叫び声をあげ、絶望的に泣きだした。
「声をだしてちょうだい。やめないでちょうだい」
と姪の体を揺さぶりつづけたがむだだった。正輝は力ずくで妻を抑えつけた。
 そのあと、ようやく警官と医者一行がやってきた。先頭に地域警察署長のライムンド・アルバロ・デ・メネーゼスがいた。状況にかかわらず冷静な態度で何がおきたか質問した。
正輝は自分が見たことを、自分なりの考えで述べた。玉城牛吉が姪の頭に2発、弾を撃ちこみ、そのあと自分に向けて銃を発したといった。そのときになって、みんなはその部屋にもう一人被害者がいたことを思い出した。午吉にはまだ息があり、所長の質問にひとつだけ答えると、救急車でアララクァーラのサンタカーザ慈善病院に運ばれていった。そこで、胸の弾を抜きだす手術を受けたが、何時間か後に死亡した。
 警察署長は家には正輝の家族と被弾した2人だけがいたのかと質問し、彼はそのとおりだと答えた。事件はどのように起きたのか聞かれ、正輝は答えた。子どもたちを寝かせつけ、居間で夫婦と話しているとき銃声を聞き、そちらの方に走っていったら、あのような状況だったと話した。
 メネーゼス署長はもう一度質問をくり返した。
「家にはだれかもう一人いなかったのか?」
「わたしたちだけです」と答えた。
 ところが、房子は右手で頭をたたいて、「戸田さんはどこ?」と聞いた。

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