国民審査の在外投票ができないのは違憲=CIATE専務理事弁護士 永井康之

2016年の参議院選挙での在外投票の様子

 2017年10月13日に在サンパウロ日本国総領事館で第48回衆議院総選挙の在外投票を行った。その際に最高裁判所裁判官国民審査の投票を行うことができないことに気付き、これは憲法に違反しているのではないかと思った。
 このことをSNSに書き込んだところ、当時アメリカ合衆国で暮らしていた谷口太規弁護士から、自分も同じように思ったと反応があった。谷口弁護士によれば、2011年の時点で国民審査に在外投票制度を設けていないことに憲法上の疑義があると指摘した東京地裁判決が存在するとのことだった。
 サンパウロで暮らす友人数名に相談したところ、2人の友人が一時帰国中に日本国内で期日前投票を行っていた。その際に、他の人は国民審査の投票を行っているのに、自分たちは海外在住者であるというだけで投票することができなかったということだった。
 群馬県で期日前投票に訪れた海外在住者に誤って国民審査の投票用紙を交付し、投票が行われてしまったとの報道もあった。投票は有効とのことで、選挙管理委員会は再び誤って投票が行われることのないよう再発防止を図るとコメントしていた。
 これはどう考えても間違っていると確信し、その友人2人と私のブラジル3名と、谷口弁護士を含むアメリカ2名の合計5名が原告となって、東京地方裁判所に訴訟を提起した。幸いなことに東京で新進気鋭の弁護士として活躍する吉田京子弁護士、塩川泰子弁護士、小川直樹弁護士、井桁大介弁護士が代理人に就任してくれることになった。
 訴訟準備を進める中で、さらにおかしな点に気が付いた。
 従前の国民審査法は国民審査の期日前投票の開始日を、公示日の翌日(通常は選挙期日前11日)に開始する衆議院総選挙よりも短い、選挙期日前7日としていた。
 その理由は、審査権の行使の対象となる裁判官の氏名が確定するのは通常選挙期日の12日前である告示日で、国民審査の投票用紙には裁判官名を記載しなければならないため、印刷を告示日以前に行うことはできず、国民審査の期日前投票を衆議院選挙と同様に告示日の翌日に開始することが不可能であるからとされていた。
 2011年の訴訟で国はこれを根拠に在外投票は技術上不可能であると主張していた。しかし実際には、衆議院解散または任期満了前60日の時点で国民審査の対象となる裁判官名はほぼ判明している。投票用紙を事前に印刷することも可能で、2016年の法改正によって国民審査の期日前投票の期間は衆議院選挙と同様に告示日の翌日からが原則となった。
 すなわち、以前から技術的不能は存在していなかった。2017年の衆議院総選挙に際しても、告示日前にあらかじめ印刷した投票用紙を用いて、公示日の翌日から国民審査の期日前投票が行われた。
 また、点字投票などの方法で国民審査の投票を行う場合、投票用紙に裁判官の氏名の記載はなされない。在外投票も同じように行うことは十分に可能である。
 2019年5月28日に東京地方裁判所は、国民審査に在外投票制度を設けていないことに憲法上の疑義があると指摘した2011年の東京地裁判決から約6年半、在外選挙権を認めた2005年の最高裁大法廷判決からは約12年もの期間が経過する状況下で、在外国民審査権を行使することができない事態に至っていることについて正当な理由があることはうかがわれないとし、このような長期間にわたる国の立法不作為は違法であるとする判決を下した。
 日本の新聞各紙もこの判決を報道し、複数紙が社説でも取り上げて国会による早急な立法措置を促した。
 かつて在外選挙権を求める運動はブラジル日系社会にはじまったと聞く。例えばブラジル日本都道府県人会連合会は1980年代にすでに在外選挙権問題に取り組んでいた。1世の高齢化が進んだ現在のブラジルの投票率が高くないことは非常に残念なことで、総領事館に足を運ぶ元気のある皆さんにはぜひ先人の獲得した権利を行使することを検討して頂きたい。
 また、政治と司法は国民が主権者となって国の在り方をかたち作る際の車の両輪である。最高裁判所裁判官の国民審査権は司法を民主的に統制する基礎的権利といえる。
 在外選挙権の確立を決定的なものとしたのは、後に旭日小綬章を受けたアメリカ日系社会の金井紀年氏が原告団長となって提起した訴訟で2005年最高裁大法廷判決を獲得したことであったことを想起されたい。本訴訟を契機に法律が改正され、在外国民審査権が確立することを強く期待する。
 なお、在外国民審査権訴訟は原告の一人でもある谷口弁護士が代表を務める社会的課題の解決を目指す訴訟支援のためのプラットフォームCall4(https://www.call4.jp/)を利用してクラウドファウンディングの手法によって訴訟費用を集めている。
 国は東京地裁判決に対して控訴し、現在訴訟は東京高等裁判所に係属している。引き続き印紙代等の訴訟費用が必要であるため、関心のある向きにはぜひともご協力を頂きたい。