ASEBEX=日本留学研修OB会60周年=第1号「今なら宇宙に行く感じ」=日本で人生変わった若者たち

お祝いに駆けつけた参加者の集合写真

 「日本への留学が、一生に良い影響を与えている」――県費留学生第1号の栢野(かやの)アントニオ定雄さん(84、二世)は、自分の留学体験についてそう語った。日本で留学・研修したOB・OGが集まるASEBEX(日本留学生研修員ブラジルOB会、外間フェリペ敬会長)は60周年記念式典を今月10日午後6時半から、聖市の栃木県人会館で開催し122人が集まった。会場内は笑い声が絶えず、参加者は終始リラックスし、和やかな雰囲気で進んだ。

県費留学生第1号の栢野(かやの)定雄さんと奥さん

 日本留学・研修が公式に始まったのは1959年。57年に岡山県の三木行治知事が来伯し、栢野さんは当時の岡山県人会の小野豊会長に連れられてホテル・ニテロイまで会いに行った。そこで故光田多喜男さんと共に、第1回目の県費留学生に決まった。
 「あの頃、自分では絶対にできない冒険だった。今だと宇宙に行くような感じ」と笑い、「船で45日間かけて日本に着いた。往復の船代は自費で、一番下の三等席だったよ」と振り返る。
 日本での生活は決して裕福なものではなく、「大卒給料分の月50ドル(1万8千円)で生活していた」。当時、影響力の強かった三木知事のお陰で、日本各地の知事を頼って旅をした。「伯国より日本を知っている」と自負する。
 日本留学の縁は帰国後も続き、日系企業の小林住宅販売へ就職。今は社長を務め、仕事の関係で20回以上訪日しているという。「日本留学は、自分の人生に多大な影響を及ぼしている。ここにいる皆もそう。伯国社会で活躍していますよ」とうなずいた。

挨拶に立った外間フェリペ敬会長

 式典で挨拶に立った外間フェリペ敬会長(31、三世)は、10年から毎年ASEBEXの講習会に参加し、15年に国際協力機構(JICA)の技術研修生として半年間留学。「日本に留学したお陰で、自分のルーツと日本文化を学ぶことができた。自分の息子、孫まで続いてほしい」と感謝と未来へ継続させる期待感を述べた。
 ブラジル日本都道府県人会連合会の山田康夫会長は「県人会にとって今は大きな転換期。これまで6千人以上が日本へ留学したが、各県の事情で廃止になったところも」と言及。「日本では、外国人への日本語教育を拡充させる法律が6月末に可決した。日伯関係を強化するチャンス」と好機と捉えていることを語った。
 式典は、11年度の文部科学省研修生のムズメチ・マルチノさんと、16年度のJICA研修生の千田キヨシさんが日ポ両語で務めた。また開会式では、RYO高知よさこいが勢いのある踊りを披露した。
 来賓にはブラジル日本文化福祉協会の山下譲二副会長、県連の山田会長、JICAの佐藤洋史所長が登壇。留学生を支えてきた日伯文化連盟、一般財団法人海外産業人材育成協会(AOTS)、東京農業大学の代表者らも出席、感謝状が贈呈された。

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 ASEBEXの60周年記念式典に参加していた富山県人会の市川利雄会長は、「昔はなかなか県費留学には行けなかった。当時は日本語が上手な人ばかり。今とは逆だね」と語る。ちなみに日本語が堪能な市川会長だが、専門分野を学ぶために県費留学ではなくNECで技術研修を受けた。なお、富山県は聖州と友好提携がある関係から、今まで伯国から260人の留学・研修生を送っているのだとか。県系子弟でなくても行けるのも多い理由の一つ。応募が少なくて困っている他県人会も見習うべきかも。