臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(197)

 結局、正輝はセーキの進学をあきらめるほかなかった、息子は働き者だった。小鳥を観察したり、捕まえたりするのが目的かもしれないが、とにかく朝早く起きる。与えられた仕事はかならずやりとげる。農作業はだれよりも進んで精を出した。特に、家族が栽培していた段々畑の灌漑システムについては誰よりもくわしかった。だから兄たちは畑仕事をせずに、彼にまかせっぱなしだった。だが、勉強の方はそうはいかない。正輝はセーキは小学校卒業証書を取らせ、それ以上進学させるのはあきらめようと思った。

 四男、ミーチも上の息子たちに比べると、能率は悪いが農作業を手伝っていた。しかし、奇妙な行動を取った。一日の仕事が終ると、彼は家から消えた。
 両親は「どうせ、田場の家にでも行っているのだろう」と思い心配するようなことはなかった。たしかに田場の家にはよく行った。彼が赤ん坊のころ面倒をみてくれたウマニーのことが思い出されたし、同じ年のテツと仲が良かったのだ。だが、彼が行っていたのはそこだけではない。マッシャードス区のいろいろな農園をほっつき歩いていた。
 だからそれらの農園の家族はみんなミーチのことを知っていた。兄弟のなかで、その辺についてもっとも詳しいのはミーチだった。好奇心の強い子どもだった。どこにどんな作物が植えられているか知っていたし、家族の習慣を探ってみたりした。やがて、好奇心が高じて、遠くまで足を延ばすようになった。
 まだ、7歳にも達せず、小学校にも入っていなかったが、町へ行く道もうすうす分っていた。さすがにそこまでは行くようなことはしなかった。ある日、町に入りそうになり、セッテ大通りの家々が見えてきたとき後戻りした。
 あまりしゃべらず、そのぶんすぐに手を出し、喧嘩をかって出た。たいていは勝つのだが、たまにはむらさき色の拳骨あとをつけたまま帰ってきた。息子たちを厳しく扱う父に、なんだかんだと言い訳して殴られないようにした。
 ミーチにこのような面があることをツーコが知ったのは学校に入ってからだ。
 いっしょに小学校に行って、男の子たちに悪口を浴びせ喧嘩を吹っかけるミーチを見てからだ。すでに何人もの子が殴られている。ところがある日、殴られた子どもたちが党を組んで襲いかかった。それでも、はじめのうちは何人かを殴り倒したが、そのあと2人の子に後ろからはがいじめにされ、ほかの子が殴ったり蹴ったりし、地面に放り投げられた。ミーチは泥と草の地面を転がり、泥を飲みこんでしまい、顔は土と血で真っ黒になった。ツーコはただ叫ぶだけだった。子どもたちは倒れている彼に唾をひっかけ、満足げに去っていった。
 ミーチはやっと立ち上がり、ツーコの肩に支えられながら家に着いた。両親は畑に出ていた。ミーチは急いで家の奥に行き、体を洗った。水が傷にしみ、まるで、もう一度殴られたような痛みを感じた。けれど、外見はよくなった。鏡を見ると、切り傷があり、そこから血が出ていたのだ。しかし、顔には殴られた跡は残っていなかった。背中、胸、尻には跡があったが、それは洋服で隠せる。夜、夕食の席についたとき、母親が顔の傷について訊ねた。「転んだだけだ」とだけ答え、ツーコに目配せで助けをもとめた。「そうだろう、ツーコ?」彼女は頭を縦に振った。