臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(212)

 二人は、七面鳥は正月(沖縄の言葉でソグワチー)のメイン料理だということは知っていて、ほかの家族同様、その日を心待ちしていた。二人を落ち着かせるために
「丸焼きにする。もう、タヴァーレスさんのパン屋で焼いてもらうことにしてある。七面鳥の肉を柔らかくするには殺す前日にピンガを飲ませる。また、ピンガを飲ませると、血をぬくのに首を絞めるとき、酔っ払ってるから殺しやすい」と父親は説明した。
 ミーチとツーコは家に着いて、母や兄弟に挨拶すると、七面鳥をみようと奥に走っていった。もう夜だから、寝ているかもしれないと思ったが、下の子どもたちがするように「ピイルウ、ピイルウ」と呼んでみた。
 答が返ってこない。みんなが集まっている台所に戻って、
「七面鳥どこにいるの?」と訊ねると、
「奥にいるよ」とだれかが答えた。
「いないよ」
と二人が応え、みんなおどろいて庭に出てみた。もう、そこには七面鳥はいなかった。盗まれたのだ。下の子どもたちが泣きだした。大事なおもちゃをもっていかれたのだ。父親と上の子どもたちはがっかりした。クリスマスにだけしかない七面鳥を食べる機会を失ってしまった。金持ちの人間しか食べない七面鳥だったのに。いったい、いつこんな機会がまたやってくるというのか。
 七面鳥にとっても迷惑な話だ。ただでも短い生命をもっと短縮されることになったのだから。盗人は正月まで生かしておかないだろう。きっと、クリスマス前夜の24日の夜か、翌25日のクリスマス祝いの昼ごはんに食べてしまうに違いない。
 また下の二人の子どもに悲しいことがおきた。あの白に近い金髪のケルカが父親の仕事の都合で、年末にニューヨークに行ってしまうことになったのだ。ヨシコとジュンジにはニューヨークははじめてきく場所だった。走っていって、兄たちに訊ねるとアララクァーラより遠いと教えられた。ものすごく遠いところで、あちらに引っ越した人など兄たちでさえ知らなかった。本や雑誌で知っているだけだった。年上のニーチャンとアキミツは映画でみたことがある。それは映画で見たことがあるだけのことだと話してくれた。

 ピーレス区に住むようになってから何ヵ月が過ぎてから、夜、ヨシコがゼーゼーと妙な息づかいをするようになった。ときどきあえぎ、息苦しい様子なのだ。日中もすぐに疲れてしまう。それに痩せていた。生まれたときから痩せていたが、ゼーゼーしだしたのはサントアンドレにきてからだった。
 母親は「ちゃんと食べないから病気になるのよ」といって、その原因が何なのか気にもかけていなかった。房子は他の子どもと同じように、ヨシコに何回かモグサ灸療法をやってみたが、寝ている間の胸のゼーゼーは治まらなかった。ヨシコは周りの者に対し寛大で優しい子だが、嫌いな人、親しみを感じない人、うちとけない人にはひどいことを平気でいったりもした。
 1年生の入学手続きに洗濯店と同じ道にある小学校へ行くことになった。そこに転校することが決まっていたミーチとツーコもいっしょに行った。家から学校に行く途中でナタール街を通っていたとき、二人の子どもが彼女の注意を引いた。