臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(216)

 正輝はしだいに料理役をかってでるようになった。スープ作りには特異な才能を発揮し家族に喜ばれたのだ。豚の頭とケールを使ったスープで、アララクァーラ時代、豚を殺したときだけに作っていた料理だ。サントアンドレでは安く簡単に手に入る。火曜日、仕事を抜け出して、タヴァーレさんのパン屋に行きピンガを引っかける。洗濯場にはいつもピンガの瓶を置いてはいたが…そのあと、カヌードス街を通り、ドナ・ジェルトゥールデス・デ・リーマ街にたっている朝市の最端まで行く。
 沖縄シチューを作る材料を買いに行くのだ。内臓を売っている売店の主人とは、客だったのが今では友だちになっている。また、定期的にその屋台で豚の頭を買った。タダ同然の「バナナの値段」で手に入る。いつも主人に斧で頭を4つぐらいに切ってもらった。
 家に着くと、まず耳を切り分け、きれいに洗う。頬や鼻の肉付きの良いところを取りのぞき、それを切る。一皿に入る大きさに、骨をさらに小さく切る。全部を大なべに入れ、味噌を加え、水を足す。それをグツグツと長い時間煮込み、食べる寸前にケールを入れる。ふつうケールは細切にして食べるのだが、正輝は手でちぎって放りこんだ。豚の頭からでる味が野菜にしみこみ、同時に脂肪分を溶かした。できあがったスープは一家の味覚を満足させるに十分だった。
 もう一つ家族が好んだのは大根(沖縄語でデーク)の味噌汁だ。豚や牛の内臓が手に入らなかったときは大根を使った。大根は煮ると臭いにおいがするのだが、おかずによく大根を使ったから、みんなそれに慣れきっていて嫌がらなかった。
 ただ、ジュンジにはいやな臭いだった。6月のある寒い日、ネナが大根の味噌汁を作っていた。ジュンジは金髪のルビーニョという友だちを家によんでいた。ルビーニョは父親が角にバールをもっている。彼はジュンジと同じ年ぐらいだが、どういうわけか、おかしな発音をする、一方ジュンジにはそれがポルトガル語なのか、日本語なのか、沖縄語なのか区別することができない言葉がある。
「マイス ケ シュール(なんてひどいにおいなんだ)赤くて長い防寒コートを着たルビーニョが文句をいった。
「大根のスープだ」
 ジュンジはDAIKONが正しいポルトガル語だと信じ、そう答えた。
「DAIKON? DAIKONってなんだ?」
「大根をしらないのか? だれでも知ってるじゃないか」
 ジュンジは友だちの無知加減に腹をたてた。大根をもってきて、ルビニョに見せた。それをみた相手は、
「それをきみは大根っていったな? はっ、はっ、はっ、それはナーボだよ」
 びっくりしてジュンジは台所にいる姉に助けを求めにいった。
「これはブラジル語で大根っていうんだよね」
「大根は日本語、ここではナーボとよんでいるの」
 姉は答えた。
「そう、いっただろう?」
 ルビニョは勝ち誇っていった。
「何も知らないくせに」
 自分が間違っていたことにますます腹が立って、ジュンジは友だちを外に追い出した。
「帰れ、帰れ」