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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(234)

 しかし、正輝にとっては意味がある。これまでの生活を打切り、新しい生活を踏みだす機会になるような気がした。
 正輝には未だに実感がなかった。8年か10年ほどまえ、それまでの習慣を打ち切った。子どもたちがブラジル社会に溶けこむために、家での日本語の会話を辞めさせ、よりよい教育環境をもとめて、アララクァーラより大きい都市の郊外に移る必要性を感じた。そのころにはもう若狭丸で神戸を出港したときの必ず故郷に帰るという夢が不可能となり、帰国をあきらめたていた。
 そのあとも、ずっと人生の波に翻弄された。
 移ったあとも生活はますます苦しくなった。アララクァーラを出て4年後ようやくたどり着いたところが、セナドール・フラッケル街のあのおんぼろ家なのだ。毎日、破滅に向って歩んでいるようなものだった。何年かかっても変えることのできなかった生活状況が今、よい方向に歩み出している。
 今度の場合、今までの変化とは全く違う。物質的、たとえば、一カ所から別のところに移るとか、経済的に、職業的に、たとえば、洗濯業をやめて、自由市場に売店を設けるとかいう問題とはまったく違う。経済的危機をもたらすとか、生活が改善するとかいった問題ではなく、全く意味の違った変化が起ろうとしている。
 国粋主義で、敗戦を受け入れないグループに属したひとりの日本人にとって、息子がブラジル陸軍少尉になることはどんな意味があるのだろうか? ブラジルと日本は正式に平和条約を再び結んだ。お互いに友好国なのだ。正輝は永遠にそのままであって欲しいと望んだ。
 ブラジル移民も再開された。正輝は「ジャポン・ノーヴォ」とよばれる新移民の悪口をいったりする。彼らは知識人ぶって、戦前移民たちの方言や習慣、とくに宗教の習慣をばかにするからだ。
 けれど、もし、自分たちのような外国人を受け入れてくれた移民の子弟が国を守る責任を負ったなら、自分たちもこの国に対し、ある責任を負うべきではないのか? 
 しだいに、いまだに臣道聯盟の最終的判決を受けていない自分が、法律的というより、精神的にブラジル国民になりうるだろうかと考えた。望めば国籍が得られる。ブラジルの地を踏んで約40年がたった今、ブラジル人になる。

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