ホーム | 日系社会ニュース | 日本移民と邦字紙の絆=日系メディア百年史(3)

日本移民と邦字紙の絆=日系メディア百年史(3)

最初の邦字紙『南米』1918年1月26日号に掲載された手書きの広告(最初の日本人商店「藤崎商店」、サントスの神田醤油店など)

最初の邦字紙『南米』1918年1月26日号に掲載された手書きの広告(最初の日本人商店「藤崎商店」、サントスの神田醤油店など)

 先駆けだが短命だった週刊『南米』、移民を搾取する移民会社への批判や反官気運を一手に背負って戦った『日伯新聞』、移民会社の機関紙的役割を担って日本政府寄りの立場から「移民は永住すべし」と唱えた『伯剌西爾時報』 、数年間の出稼ぎのつもりで渡伯している大半の移民の叙情的な気分をくんだ立場から開戦前には海南島転住論まで説くようになった『聖州新報』の順で生起した。
 お互いの読者層を代弁する形で激しく論戦を交えつつも、全体として祖国の軍国主義にまきこまれていき、読者はブラジルでも勃興したナショナリズム(国民意識の高揚)との狭間に立たされた。
 ブラジル一般社会で黄禍論が高まり、第2次大戦に向けてブラジルの国粋主義が高揚して枢軸国移民に対する迫害が強まるという不穏な情勢を受けて、日本移民は精神的な足場を日本の国家主義に求め、日本語メディアや在外公館の指導をむさぼるように聞き入れた。
 日本の国粋思想は基本的に領土という枠組みの中を想定された想念だったが、ブラジルという領土外で同じ考え方を持つことは、日本移民を受け入れたホスト社会にとって望ましいことではなかった。
 それゆえ、2つのナショナリズムの対立が少数民族(エスニック)の迫害という形になり、第2次世界大戦までの大きな流れとなっていった。

■各論■
(1)新聞創刊の背景(黎明期1908~1925年)

 一般にブラジル初の邦字紙といえば1916(大正5)年に発行開始された星名謙一郎の週刊『南米』といわれる。だが、実は1908年4月に神戸港を出港した第1回移民船「笠戸丸」の中で、香山六郎(こうやまろくろう)が謄写版の『航海新聞』を3号まで刊行していた。
 週刊『南米』も謄写版であり、香山は大阪朝日新聞ブラジル通信員だったことを思えば、最初の〝移民新聞〟といえなくもない。
 香山の父・俊久は細川藩士の末裔で、父の代に平民となり、熊本市で「不知火新聞」を創刊した人物。本人も1898年、12歳の頃、九州日日新聞の活字工をした経験がある。1904年に日露戦争が始まり、海軍兵学校を受けるも不合格となり、文学書を読みあさるようになる。
 その後、上京し、日本大学予科(植民科)に入学し、遠藤清子ら発行の学生雑誌社の下回り記者として平塚雷鳥、与謝野晶子、大町桂月、徳富蘇峰、堺枯川、幸徳秋水らと会う。来伯当時22歳、徴兵逃れのためのもあって、叔父・土屋員安(つちやかずやす)の勧めで南米移住を決意した。
 明治中期以降、日本では各地に新聞が生まれ、言論の自由、西洋に学ぶ気運が強く、「日本人」という国民意識を形成していた時代だ。日本は日清・日露戦争の勝利の美酒によっていた。
 後に水野龍(りょう)と運命の出会いをし、日本移民の実験台として渡伯することになる鈴木貞次郎(南樹)もまた、1905(明治38)年頃、故郷にある山形新聞で数年間ほど記者をしていた 。東京にも計7年ほど住んでいたとある。(敬称略、つづく、深沢正雪記者)

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • 《ブラジル》コパ・アメリカでセレソンが3連勝=後半終盤にコロンビアを逆転2021年6月25日 《ブラジル》コパ・アメリカでセレソンが3連勝=後半終盤にコロンビアを逆転  23日、サッカーのコパ・アメリカでブラジル代表(セレソン)対コロンビアの一戦が行われ、後半終盤に試合をひっくり返し、2―1で勝利したセレソンが3連勝を飾った。24日付現地紙が報じている。  リオ市のニウトン・サントス・スタジアムで行われたこの1戦、先制したのはコロン […]
  • 東西南北2021年6月22日 東西南北  20日のサッカーの全国選手権。サンパウロはサントスにボール占有率で勝りながら、0―2で敗戦。5試合終わって3敗2分の18位と苦しんでいる。今季はここまで意外な展開で、上位3チームをアトレチコ・パラナエンセ、フォルタレーザ、ブラガンチーノといった伏兵が占めている。強豪たちもそろ […]
  • 【日本移民の日2021年】歓喜を味わい、過去を振り返る時=ブラジル都道府県人会連合会 会長 市川利雄2021年6月22日 【日本移民の日2021年】歓喜を味わい、過去を振り返る時=ブラジル都道府県人会連合会 会長 市川利雄  ブラジル日本移民113周年記念は歓喜を味わい、過去を振り返る時ではないでしょうか! 「歓喜を味わうとは」――日本移民の経済、農業、園芸、果実、セラード開発、料理、各分野で活躍する有能な人材、さらに、その歴史の継承などはブラジル社会に認められ、高く評価されています。 「振り […]
  • 【日本移民の日2021年】「日本移民の日」に寄せて=在サンパウロ日本国総領事 桑名良輔2021年6月19日 【日本移民の日2021年】「日本移民の日」に寄せて=在サンパウロ日本国総領事 桑名良輔  6月18日「日本移民の日」を迎えるにあたり、皆様にご挨拶を申し上げます。1908年に笠戸丸がサントス港に到着してから今年で113年となります。  昨年8月に着任した私にとっては今回が初めての移民の日となります。先日、サンパウロにあるブラジル日本移民史料館を訪問し、レ […]
  • 【日本移民の日2021年】日本移民113周年記念日に寄せて=サンパウロ日伯援護協会 会長 税田 パウロ 清七2021年6月19日 【日本移民の日2021年】日本移民113周年記念日に寄せて=サンパウロ日伯援護協会 会長 税田 パウロ 清七  1908年(明治41年)6月18日、笠戸丸に乗った最初の日本移民781人がサントス港に上陸して113年の歳月が流れました。そして今や、ブラジル日系社会は200万人を擁する大きなコミュニティーに発展いたしました。先達の皆様方の幾多のご労苦とご功績に対し、深甚なる感謝の念と敬意を […]