特別寄稿=世界が学ぶ長寿県の生きがい=「幸福は自分で作るもの」=サンパウロ・ヴィラカロン在住 毛利律子

TEDでダン・ベットナーが沖縄と生き甲斐の関係を語っているシーン

 昨今の世界的な日本文化ブームの広がりで、世界共通語になった日本語がたくさんある。よく知られたものに、スシ、マッチャ、サケ(酒)、テリヤキ、ベントウ、カラオケ、ツナミ、エモジ(絵文字)、オタク、マンガ、ニンジャ、ヤクザ、ボンサイなど。
 生活慣習語としてのイタダキマス、ゴチソウサマ、モッタイナイ、最近では「イキガイ」が加わった。
 アメリカの研究者・作家であるダン・ベットナーは、長寿の研究を世界的に広げ、長寿地域を意味する「ブルーゾーン」の分布図を作った。その結果、日本・沖縄の長寿の理由のひとつとして「生き甲斐」という概念に注目し、2000年代以降、その言葉と概念を欧米に広く知らせたのである。
 生き甲斐とは、「生きることの喜び・張り合い」「生きる価値」を意味するが、彼の研究での長寿の条件は、自分のため、家族のために「すべきことを毎日繰りかえして続けるのが生き甲斐」ということであった。
 ニューヨークに拠点を構えるTED(Technology Entertainment Design)が毎年開催する「TED Conference」は、世界的著名人から学者、一般の人まで、さまざまな知識人が登壇する大規模な講演会である。2010年1月のダン・ベットナーが発信した講演から、研究成果としての「イキガイ」を要約して紹介したい。

健康長生きの秘訣

 俗説(1)「一生懸命努力すれば100歳まで生きられるか―。
 この考えは間違い。長寿は生物学的限界内で平均的なヒトの寿命は、遺伝的にわずか10%だけである。アメリカ人5千人のうち、1人だけしか100歳まで生きられない。アメリカ人は長寿に設計されていない、ということである。
 俗説(2)「加齢を遅らせる、逆転させる、あるいは止める治療法がある―か。
 そういうものは無い。老化する方法はいくらでもあるが、数分間、脳から酸素を奪えば脳細胞が死に、元へは戻らない。運動をしすぎれば膝の軟骨が傷み、暴飲暴食で動脈は詰まり、脳には余分なモノが溜まる。するとアルツハイマー病になる。悪くなる理由はいくらでもある。
 親友3人が肥満なら、自分が体重過多になる可能性が5割多いことが知られている。つまり不健康な人達に囲まれていると健康維持は難しい。友人の余暇が軽い運動や、庭いじりのような肉体活動であること。正しく食事していること。酒を飲むが飲み過ぎないといった交友関係なら、長期的健康に大きく影響することになる。

世界のブルーゾーン(長寿地域)の一つ、沖縄の長寿習慣

 実際に世界には長寿地域があり、アメリカより死亡率が非常に小さい。その地域をブルーゾーン(長寿地域)に区画した。
 一つは、イタリアのサルディーニャ島高地地帯。この地方では男性の方が長寿で102歳の老人がバイクで仕事にでかけ、薪割りをしている。歴史は古く、土地が不毛なため殆どが羊飼いをしていて規則正しい、低強度の肉体活動をしている。
 食事は殆どが植物性。デュラム小麦で作った非発酵の全粒小麦パンと、トウモロコシで飼育された家畜動物のオメガ3脂肪酸を多く含むチーズ、それに世界で高値で売買されるワインよりも3倍のポリフェノールを含むワインを飲んでいる。
 しかし、本当の秘訣は、老人への尊敬の念が社会的に非常に高い環境で暮らしていることだという。

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 二つ目は沖縄群島。沖縄は161の小島からなっている。その本島の北部は世界一の長寿地域で、疾患無し、長い時間を生き、ある朝眠るように他界する。まさに理想的な長寿である。
 100歳以上の人口はアメリカ人の5倍。大腸がんと乳がんの発生率は5分の1。心血管病の発生率は6分の1。植物性中心の食生活で、いろいろな色の野菜と、アメリカ人の8倍豆腐を食べている。
 食事法は、小さめの皿で食べることで、毎回の食事のカロリー摂取が控えめになっている。
 沖縄には、3000年前からの古い格言があり、それは孔子の言葉で「腹八分」食事法と言われている。
 次に長寿と関連したいくつかの社会構造がある。最初に「孤老」の問題。沖縄には生涯を通じて付き合える友達が、アメリカ人よりも6倍も多い社会である。
 「模合(もあい)」というものがある。模合に入ると順番に一定の金額を受け取り、状況が悪い時や子どもが病気の時、親が死んだ時などにはいつも助けになってくれる誰かがいることになる。この模合の関係では、友人関係が97年間継続し、そこでの平均年齢は102歳である。
 「孤老」にさせない社会構造である。

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 アメリカでは、ほとんどが人生を二期に分け、仕事の時代と、ある日、ボンと引退し、残りの人生を安楽椅子に座るか、小さな旅行に行くか、その程度である。沖縄の言語には「引退」という単語さえなく、あるのは、人生すべてを含める単語 「生き甲斐」であり、それは「翌日目覚めるための理由」ということである。
 例えば、102歳の女性の場合の翌朝起きる理由は、歳が101歳半離れた彼女の曾曾曾孫の世話である。
 私は彼女に曾曾曾孫を持つ気分はどんなものかと尋ねた。彼女は答えた。「そりゃ天に昇りそうサー」。素晴らしい!

日々の暮らしの中の健康法

 それらのブルーゾーンでは、アメリカ人がするような運動を誰もしていない。代わりに、その生活が常に肉体活動を必要としていることである。あの100歳の沖縄の女性達は色々な場所に行き、毎日30回も40回も 立ったり座ったりする。
 サルディーニャの人たちは上下構造の家に住み、階段を登り下りする。店に行ったり、教会に行ったり、友達の家に行ったり、全てが歩きである。便利な道具は全くない。
 庭仕事や家事をやってくれる押しボタンも使用人もいない。食事から、掃除、庭いじりすべて自分の手、身体を使ってする。彼らはよく歩き、そうすることがボケを予防できること、いい身体を保つためにすべき正しい方法であることを知っているのである。

皆上手にくつろぐ時間がある

 サルディーニャ人はいつも歩いて教会に行き、祈り、沖縄人は先祖を祀って祈ることを忘れない。一日15分のぼーっとした休憩、昼寝の時間も自然で、 脳も身体も休める状態にしている。
 彼らには皆、明日の目的を果たす「生き甲斐」の言葉がある。長寿地域の人々は人生の意味を知っており、それを知っているからこそ、自発的で活動的な人生を過ごし、それがプラス7年分の健康長寿になるのである。
 長生きのためには、続かないダイエット改善より、続けられる食事法を考える。毎日少しだけ酒を飲む。肉を食べないのではなく、豆や木の実などを沢山食べる。
 そしてこれらすべての日常生活の基本は、彼らの社会的、家族的人間関係にある。家族を第一に考え、子供や老人の世話をする。信頼に基づいた共同体があり、生まれた時からきちんとした人達に囲まれて生活していることである。

自分流の生き甲斐の見つけ方

岩波文庫版の『幸福論』(アラン著、神谷幹夫・翻訳、1998年)

 ダン・ベットナー博士の研究「長寿県おきなわの健康法」には、日々の暮らしに精神的な生き甲斐という感覚が生かされていることが分かった。
 しかし、沖縄のような社会生活の外にいる者はどうしたらよいだろう。自分のための生き甲斐探し、人間社会での生きがい探しには、まず自分が健全であることではないだろうか。
 アランの『幸福論』という本がある。
 フランス人、アランの本名はエミール・シャルチエ(1868-1951、83歳没)。一般に、三大幸福論と呼ばれるヒルティ、アラン、ラッセルがあるが、中でもアランの『幸福論』は、世界で最も美しい本といわれる人生訓を集めた本である。
 彼は、教師を務めていた1903年頃から、ペンネームのアランという名で、地方紙ルーアンの『デペーシュ・ド・ルーアン (Dépêche de Rouen)』に毎日原稿用紙2枚程度のプロポ(哲学断章)という短い論説を書き続けた。
 それらは、哲学、政治学、美学などに関したもので、1914年の第一次世界大戦までに3078編、大戦後には2000編を書いた。彼は社会的問題に積極的に発言し、政治活動や講演活動にも参加し、寄稿は亡くなるまで連載を続けた。
 なぜこの本を紹介するかというと、人間は、自分のためにも、他人のためにも「生き甲斐のある」ことをしたいと思うなら、心身ともに健全でなければならない。知恵がなければならない。見返り、賞賛を求めるものであってはならない。一つのことを続けなければならない。そのために知っておくべき事柄が述べられているからである。
 アランは短い言葉で、しかし、こと細かく、処世術を語る。
 まず、自分の心が健康でいるための方法。
(1)悲観的、否定的、不安、いつも悪い方に考える癖との付き合い方
▼まず、不安の原因を見つけること。
▼不安は飲み込まず、吐き出すこと。
▼「悲しみに浸ってはいけない。悲しみは病気だと思えば、すぐに抜け出せる」
 心の痛みをお腹の痛みと同じとみなせば、いやな言葉も忘れられるし、いちいち気に障る言葉も気にならなくなる。病気なんだから、そのうち治ると思って我慢すればいい。
▼「負の感情は自然には湧いてこない。自分でつくっているんだ」と、悟ること。
 悩みはじめたら、想像力がつくり出す妄想に囚われる。それを振り払わないと、どんどん悩みが深くなる。おまけに、妄想をやめないと、まわりも巻き込んでしまうことになる。
▼大げさに考えないこと。心配し過ぎないこと。あれこれ考えない。遠くに目をやること。
(2)自分自身について
▼自分が相手から受け取るものはすべて、自分が相手に渡すものにかかっている。相手に渡すものが不機嫌や不平不満なら、相手は不機嫌というお返しをしてくる。
▼「幸福は降ってくるものでも、与えられるものでもない。自分でつくるものなのだ」
▼「ものごとがうまくいくから幸福なのではなくて、幸福だからうまくいくのだよ」
(3)人生について
▼目の前の現実に集中すること。
▼喜びを持って生きる。上手くいったから嬉しいのではなく、うれしい気持ちでいたから上手くいったのだ。
▼未来を憂えず、目先を注意する。過去や未来にとらわれない。人が耐えなければならないのは現在だけである。
▼自分の不幸に耐えられるだけの強さが、人には必ず備わっている。
▼故人はみんな生きている。故人はみんな私たちの中で精いっぱい生きているのだ、という感謝を忘れないこと。
(4)行動
▼まず行動。決断する技術を養おう。
(5)人とのかかわり
▼最大の敵は相手ではなく自分である。
▼礼儀正しさを学ぶこと。礼儀作法とは習慣であり、自然体であるから、学んで身につけなければならない。
 アランは「上機嫌」を生活の義務の第一位に挙げている。
▼上機嫌の種を蒔こうする人は、どんなときでも希望を失わず、明るく前向きでいる人に会うのが好きだ。上機嫌な人は、自分が機嫌よくしているだけで、まわりの人たちを上機嫌にしてしまう。相手に上機嫌を渡すと、楽しい気持ちが相手に伝わり、相手から好意と上機嫌を受け取ることができる。
▼思いつめるより無頓着でいよう。何かあったら怒らずに、笑い飛ばそう。
 「まず自分が上機嫌に生きる秘訣を見つけなさい。幸福を自分で手に入れようと動き出せば、心がワクワクしてきて、どんどん楽しいことが起きてくる。どんなことでも、とにかく始めてみることだ。そこで初めて生き甲斐を見出すのだ」
 これがアランの言葉である。ほんの一部であるが引用して紹介した。
【出典】幸福論(ディスカバー)Kindle版
アラン(エミール・シャルチエ・著)斎藤慎子(訳)