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中島宏著『クリスト・レイ』第50話

 もっとも、マルコス自身はまだ、そこまでのことには気付いていない。いや、薄々感じてはいるのだが、しかし、それに対する確信は持っていない。もし、アヤが存在していなければ、おそらく、そこに展開する風景はそれほど新鮮でもなく、色彩感も乏しいものであったに違いない。
 要するに、マルコスが引き込まれるようにして関わりを持ちつつあるこの世界は、すべてアヤに繋がって行くものであった。ただ、彼にはその辺りのことがまだよく理解できていない。日本語を勉強し始めてからこちら、マルコスがずっと味わってきている生活の上での充実感とか幸福感は、すべて彼女に起因しているといっていい。
 にもかかわらず、彼はあえてその点を認めようとはしなかった。認めたくないのではなく、そのことに対して躊躇する気持ちがあり、認めてはいけないのだというふうな考えが、いつも頭をもたげていた。
 その辺りのこだわりは、彼自身にもよく理解できていなかったのだが、それだけ彼のこの時の気持ちには、純粋なものがあったということなのかもしれない。
 そのことはともかく。
 クリスト・レイ教会の改築工事は思いがけない早さで進行していった。厳密に言えば、今までの教会をすべて造り変えるということだから、改築というよりもそれは新築ということであり、事実、そこには基礎工事から始まって、本格的な建築物が出現しつつあった。
 マルコスは直接にはその建築と何の関係はないものの、身近に教会の姿が現れていくのを見ているうちに、その進行状況にかなりの関心を示すようになった。現実に、そのようにすぐ近くで新しい教会が建築されていくのを見るのは初めてであったし、しかもそれが、その辺りにある類型的な建物ではなく、かなり個性のあるものであった分、興味の度合いは増していくようでもあった。
 アヤの説明や、現場で働くボランティアの人たちの話から分かったことではあるが、この新しいクリスト・レイ教会の建築にあたっては、日本から持ち込まれた設計図が使われており、その形は、アヤも言っていたように、あの九州の福岡県、今村町にある今村教会が下敷きになっていた。まったく同じではないものの、その教会からかなり大きな影響を受けているようであった。
 さらに、あのエミリオとアゴスチーニョ両神父たちは、ともに直接、日本で今村教会の維持に携わってきているし、今回のブラジルでは初めての、この教会の建設にあたっての最終的な責任者も彼らであってみれば、そこにはかなりの濃度で、あの日本の隠れキリシタンの伝統が生かされているともいえた。
 もっとも、マルコスには、その隠れキリシタンがいかなる形のもので、どのように、ローマ・カトリック教会に繋がっているのかは、皆目見当もつかない。アヤの説明から、おぼろげながらその形は想像されるのだが、それでもまだそれは、明確なものとは言いがたい。少なくとも、ここに出現しつつある新しい教会は、マルコスが馴染んで来たいわゆるブラジルでの一般的なカトリック教会の形のものではない。
 今までの木造の教会は、いってみれば身元不明ともいえるような、明確な存在証明を持つようなものではなかったが、それはおそらく臨時に造ったものだったせいであろうとマルコスは理解していた。

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