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中島宏著『クリスト・レイ』第55話

 この時代、すでにトラック、小型トラックなどは農業では珍しくなく、かなり普及していて、マルコスの農場でも大型、小型、合わせて、三台ほど持っていて、結構忙しく走り回っていた。彼自身も仕事の関係でいつもトラックを運転しているが、デートにトラックでは変だし、第一、トラックをそのような目的で使うものではないことも無論、十分承知していた。彼にとっては、アヤとのデートには、やはり歩きながら、あるいは二輪馬車に乗って揺られながら、ゆったりとした気分で話し合う方が向いていた。
 彼の家族には、あくまでマルコスがアヤ先生から、特別の日本語講座を受けているというふうに説明してあるのだが、誰もそれを本気には受け止めていない。何やら胡散くさそうな表情で二人を見ている。もっとも、アヤに関してはマルコスの父や母、それに妹たちもすっかり気に入って、アヤが行くと大いに歓待してくれるから、決して招かれざる客ということではなかった。むしろ、妹たちなどは、次はいつ連れて来るんだなどと催促するほどであった。その点、アヤは人なつこいところがあって、誰とでも友だちになれるような性格を持っていた。
 その辺りはどうも、彼女はブラジル向きの人間というふうにいえるかもしれない。
 マルコスの日本語ほどには話せないと言いつつも、なかなかどうして、アヤのポルトガル語は立派なものであった。日本人の集団の中で、それも日本語ばかりの環境で、どうしてきれいなポルトガル語が話せるのか、やや不思議な感じもするのだが、実は彼女はずっとプロミッソンにある教会に通って、ポルトガル語を勉強しているのだという。
 ブラジルのカトリック教会のことも勉強しなければならないし、同じキリスト教である以上、ある程度それなりのコンタクトを取る必要もあるということで、こちらへ来てしばらく経ってから、彼女はその役目をアゴスチーニョ神父から頼まれたということらしい。
 ここはブラジルである以上、いかに日本人の為のものとはいえ、クリスト・レイ教会で、すべて日本語ばかりで押し通すというのも不自然であり、やはり、ポルトガル語を理解できる人間が必要だということで、アヤにその任務が回って来たのだという。
 もっとも、アヤも言っていたように、それは直接的な教会の要員ということではなく、あくまで、通訳のような形での参加ということらしい。ただ、そうであるにしても、アヤのようにずっと日本からのカトリック信者という条件を備えている人間は、このような場合、すべてがスムーズにいくということになり、教会にとってもかなり貴重な人材ということにもなる。
 そして実際に彼女は、その期待に十分応えられるような能力と適応力とを持っていた。うがった見方をすれば、あるいはアゴスチーニョ神父はその辺りのことをすべて見通して、アヤにブラジル行きを勧めたという可能性もあったかもしれない。結果として、その目論みは的中したといえそうである。いずれにしても、アヤのポルトガル語もある意味で、マルコスの日本語に引けを取らないほどの水準であることは間違いなかった。