特集=ブラジル珠算連盟=ブラジル初、珠算十段位合格=岡田龍樹くん、11歳が快挙=平成そろばんアカデミー

十段位の免状を持つ岡田龍樹くん

 六十余年にわたるブラジル珠算史で初めて、珠算検定の最高段位に辿り着く選手が現れた。サンパウロ市にあるそろばん塾「平成そろばんアカデミー」の岡田龍樹(りゅうじゅ)くん11歳、小学五年生だ。龍樹くんが合格したのは、公益社団法人全国珠算教育連盟が主催する珠算検定の十段位。検定は、級位試験(1級~15級)、段位試験(準初段~十段)からなる。ブラジル珠算連盟(斉藤良美会長)も同連盟に加盟しているため、ブラジルでも珠算検定を受験できる。今年は新型ウイルスの影響で少なかったが、例年は年間に延べ600人ほどが当地で受験する。

8歳で全伯優勝を目標に

大会初出場後:入塾時からの仲間と(2016年10月)

 「第1号として珠算十段位に認定され、ブラジルのそろばんの歴史に自分の名前が残ると思うと嬉しい」
 開口一番、龍樹くんから飛び出したのはそんな喜びの言葉だった。8歳で伯国チャンピオンになって以来、王者として珠算界を背負ってきた彼の自覚と使命感が伺えた。
 そんな龍樹くんに十段位を取るためのアドバイスを求めたところ、「合格するまで諦めないこと」との明快な答えが返ってきた。「僕も、何度か諦めかけたり、そろばんを辞めようと思ったこともあった。でも、諦めなかったから合格できた」と語った。

逆境を活かす

 最初、龍樹くんが聖市の平成学院(浜崎みゆき校長)の幼稚園で「そろばん」を知り、習いたいと思ったとき、車を運転しない母親が送迎できる範囲にそろばん塾は見つからず、習うことを泣く泣く断念した。
 だから、龍樹くんが通塾可能な地区で平成学院がそろばん塾(現在の『平成そろばんアカデミー』)を開講したときは、天が自分に味方したかのように感じた。二年待って手に入れた機会だけに、そろばん塾に入った龍樹くんは水を得た魚のように練習に精を出した。
 当時は、年に一度開催される「全伯珠算選手権大会」が唯一の大会だった。幼稚園児から大人までが出場するこの大会で、ブラジルチャンピオンが決定する。
 龍樹くんは、そろばんを習い始めた年に8級で初出場。その時に会場で目にした、光り輝く大きな優勝トロフィーやカップに心奪われ、目標が決まった。「全伯大会優勝」だ。ただし、一番難しい段の部に出場しなければ優勝争いはできない。
 「大会で小さい子が年上の選手と勝負しないといけないのは可哀想」というのが一般的な見方だった。しかし龍樹くんは「大きい人と戦える」「一番大きなトロフィー獲得のチャンスがある」と、目をキラキラさせた。
 翌年の大会までに段位を取得すべく、塾長の道地セシリア先生の指導のもと練習を重ね、段位の検定試験に挑んだ。その結果、珠算二段位に合格。小学二年生で全伯珠算選手権大会の「段の部」に唯一の小学生として出場し、優勝を獲るに至った。


全伯優勝後にスランプ=二人の先輩の指導を支えに

龍樹くんに開立を指導する玉栄大介さん(2017年6月)

 龍樹くんの珠算十段位合格に大きく影響した二人の先輩がいる。
 まずは玉栄大介さん(21)。平成そろばんアカデミーの先輩で、龍樹くんがそろばんを習い始めた時のブラジルチャンピオンだ。大介さんは入塾時から龍樹くんの憧れだった。龍樹くんは、九九も怪しい頃から何でも大介さんと同じようにしたがり、先生たちもできるだけそれを許した。
 しかし、一年が経った頃には、大介さんは学業や大学受験の勉強が忙しくなり練習にあまり参加できなくなっていた。それでも大介さんは、物理オリンピックのブラジル代表として国外に旅立つ直前でさえ、龍樹くんに開立(立方根)を教えるためだけに教室に来てくれた。
 龍樹くんが全伯大会の段の部に初めて出るときは、一緒に出場してくれた。お陰で、龍樹くんは安心して練習や競技に集中できた。大介さんの存在がなければ、龍樹くんのそろばん人生は違うものになっていたかもしれないという。
 もう一人は、埼玉県の「そろばん教室USA」の選手、そろばん日本一の弥谷拓哉さん(19)だ。昨年来伯して、龍樹くんの家に滞在した。そろばんから離れつつある龍樹くんの様子を知る弥谷さんは、日本に戻ってからもこまめに龍樹くんと連絡を取り続けた。弥谷さんは、普段はそろばんの話を殆どしない。
 だが、龍樹くんの検定試験の前は一変。オンラインで真剣に指導したり、龍樹くんが一人で練習するときに解いている大量の問題を写真で送らせ、その全部に目を通して丁寧かつ的確に助言したりもした。その言葉の繊細さと重みに、龍樹くんは思わず気を引き締めた。自宅練習の日々だったが、本番までいい緊張感が保てたようだ。
 龍樹くんには苦悩もあった。全伯大会で優勝した後には、練習に力が入らなくなった。気付けば、競える相手も目標にする選手もいない。そろばんが楽しくなくなっていた。
 「この子にそろばんを辞めさせちゃいけない」。平成そろばんアカデミーの浜崎みゆき代表は、龍樹くんがそろばんの練習で張り合いを得られるよう、すぐに日本の先生方に協力を求めた。
 前述の弥谷さんが所属するそろばん教室USA、兵庫県の今井珠算塾が積極的に力を貸してくださった。こうして、龍樹くんの視野が広がり、前に向かって進み始めた。そういったことを繰り返し、自分と闘いながら龍樹くんは結果を残してきた。
 母親のまゆみさんは「珠算十段位に合格できて嬉しいし、ほっとしている。でも、こうして息子の周りにいてくださる皆さんや、節目の十段までそろばんを続けられた程の本人の粘り強さが、本当の財産のように思える」と溢れんばかりの感謝の気持ちを込めて締めくくった。

かた)

岡田龍樹くん 珠算十段位によせて=ブラジル珠算連盟会長 斉藤良美

斉藤会長

 岡田龍樹くん、珠算十段位に認定され、誠におめでとうございました。
 私がブラジル珠算連盟の会長に就任した時、それまでの最高段位は六段位だったと記憶しています。就任当時のブラジル珠算界の現状を見れば、十段位を取得するのは夢のまた夢だったのです。
 教師や生徒の努力の甲斐があって、七段位を取得する生徒が出てきました。これなら夢にまで見た十段位を取得する生徒が現れるかもしれないと、心が躍りました。
 しかし、現実は厳しく七段位を取得してからは、パッタリとそれ以上の段位を取得する生徒が現れませんでした。やはりブラジル珠算界の力不足を痛烈に感じさせられました。
 ところが、2年前にシダ・マテウスくんが暗算十段位を満点で取得し、間髪を置かずに岡田龍樹くんも暗算十段位を取得したのです。
 これならブラジルでも珠算十段位を取得する生徒が現れるだろうと思っていたところ、今回、諮らずも岡田龍樹くんが見事に珠算十段位を取得してくれました。
 彼の珠算十段位に賭けた並々ならぬ努力に敬意を表したいと思います。この快挙はブラジルの金字塔として永遠に光り輝くことでしょう。
 これから後も、珠算十段位や暗算十段位を目指してくれる生徒が育ってくれることを願って、お祝いの言葉と致します。


本人の努力と皆さんの支援のおかげ=平成そろばんアカデミー代表 浜崎みゆきクラウジア、道地セシリア

浜崎さん、龍樹くん、浜崎マルセリノさん(浜崎さんの夫)、道地セシリアさん

 龍樹くんは、平成そろばんアカデミーの塾生です。平成学院幼稚園生の頃から聡明で、意欲的にそろばん学習に励んできました。ブラジル珠算大会で上位を獲得した先輩を尊敬し、いつか自分もチャンピオンになりたいと熱心に夢を追い続けてきました。
 その一途な龍樹くんの初の全伯大会優勝の時は格別なものでした。今回の珠算十段合格もブラジルにおいて第1号となることができ、待ち望んでいたこの悲願達成を心から嬉しく思います。
 平成そろばんアカデミーはこれまでもブラジルチャンピオンを輩出しており、龍樹くんも実力を積み上げてきました。いつも向上心に溢れ、好奇心旺盛で人並外れた集中力と頭の回転の速さには、驚かされます。
 素直でみんなから愛される性格ですが、練習スイッチが入ると、ひたすら問題に取り組み、特に難しいことへの挑戦はひときわ燃え、できるまで人一倍努力を積み重ねました。
 どこに行ってもどんな練習にも耐えるだけの忍耐力もあり、ブラジルにとどまらず、いつしか日本の優れた選手と一緒に練習する機会にも恵まれました。機会あるごとに日本でも練習させていただいたり、この十段達成するまでに多くの方々にお世話になりました。
 特にブラジルの全珠連会長の斉藤良美先生はじめ、日本のそろばん教室USAの高柳和之先生、一馬先生、知恵子先生、和加奈先生、それから今井珠算塾の今井先生には大変お世話になりました。
 龍樹くんを支えてそして応援してくださった多くの皆様に感謝の気持ちで一杯です。
 ありがとうございました。