《記者コラム》「日本語勉強すれば幸せになれる」多文化論

参加者の皆さん

 「なぜブラジルで日本語を勉強するのか?」――19日午前、オンラインで南米全伯日本語教育会議のプレ会議が行われ、50人以上が参加して日本語教育の将来を熱心に討議した。来年2月27日実施予定の本会議の予備会合という位置づけだ。
 閉会式の挨拶で、主催したブラジル日本語センターの日野寛幸副理事長は「われわれが英語ではなく、日本語を教えるのはなぜか? そのメリットは? 日本語の価値をはっきりと子供と父兄に説明できないといけない」と語りかけていたのが強く印象に残った。
 ただでさえ、日系子弟の日本語学習者が減って、ブラジル人の成人学習者が増えるなどの大変化に見舞われる中、今年はパンデミックが直撃した。
 オンライン授業を実施できないところは休校を迫られている。若い教師が中心の学校では比較的対応が容易だったようだが、70代、80代の教師の場合はオンライン授業のノウハウ習得に時間がかかる。
 パンデミックは、教師に世代交代を強いると同時に、生徒のブラジル人成人化を促している。今まであった傾向を、一気に戻せないところまで推し進めた印象が強い。
 プレ会議のグループディスカッション報告を聞いていたら、意外な声も聞こえた。
 「今年はイベントがなかったので、オンライン授業に集中できた。パンデミックがなければ、オンライン化はこんなに進まなかった。昔と今とでは、生徒や保護者が求めているものが違う。オンライン化してから非日系の生徒が増えた。昔は『日本人の顔をしているから子供に日本語を習わす』という発想の保護者が多かったが、今は『良い就職がしたい』『日本に留学したい』などの希望者が増えている」(グループ10)との前向きな発表があった。
 他にも「オンライン授業では遠くの町に住んでいる生徒も獲得することができる」(グループ2)などの声もあり、パンデミックを「一つのチャンス」ととらえ、この大変動に対し前向きに対処していこうとする意気込みが伺え、たくましさを感じた。

日下野理事長

 開会の挨拶で日下野良武理事長は、「教育関係者の皆さんは、パンデミックの中で大変なご苦労があったはず。この災禍を一緒に乗り越え、前向きにいきましょう」とのメッセージを送ったが、それに応えるような発表だった。

ブラジリア日本語普及協会の矢田副理事長

 またグループ1では、ブラジリア日本語普及協会の矢田正江副理事長からブラジリア日本語モデル校に関して、「世界で活躍できる人材を育成することを当校の目標に掲げている」との発言もあった。日系人の生徒は20%。教師14人中、非日系が4人もおり、12人が20~30代という圧倒的な若さも特徴的だ。だからこそパンデミックが始まって、すぐにオンライン授業に切り替えることができた。
 矢田さんは「今はコンピューターが使えないと教師はできない。まったく思いもよらなかったが、コロナ禍の影響で、若い世代への交代が一気に進んだ」と感慨深げに振り返った。
 さらに「生徒にはブラジル人成人が多い。日本語を習ったら、どんな市場があるかを教師が調べて生徒にアピールするようにしている。生徒のモチベーションを上げるためには、メリットをはっきりさせることが必要」という取り組みも紹介した。

JICAブラジル事務所の佐藤所長

 後援したJICAブラジル事務所の佐藤洋史所長も「多くのブラジル人が日本に興味を持ってくれている。非日系の関心も考えた上で学校運営をすることも大事」「コロナ禍がもたらした『新しい日常』がオンライン授業を広めた。この低コストで広い層にアピールする手段を研究し、日本語を広めるチャンスとして活用できるように試行錯誤してほしい」とコメントした。
 今のパンデミックは終わっても、変異種、別のウイルスなどが次々に襲ってきてもおかしくない。「ウイルスとの共生」状態は数年続く可能性がある。臨席とオンラインの授業を上手に組み合わせた「ハイブリット教育」が今後のあり方として求められそうだ。

「諸刃の剣」になりかねないオンライン

 ただしオンラインは「諸刃の剣」だ。極端な話をすれば、オンラインなら世界のどこからでも授業ができる。ブラジル全土はもちろん、時差の問題はあるが日本国内で日本語学習の機会がなかった在日ブラジル人にも教えられる。逆に、日本の日本語教師がブラジルの生徒に教えることも可能になる。
 生徒獲得の市場を広げる可能性はあるが、逆に奪われる可能性もある。日本語教育がオンラインによって世界に解放されたことにより、世界的な競争にさらされる側面があることは、今からしっかりと認識した方が良い。先進的な教育システムがブラジルで構築できれば大躍進するし、そうでなければ淘汰される可能性がある。
 もしも日本の教育産業の大企業が「外国人向けの日本語オンライン授業」に力を入れ始め、日本語能力試験などに対応した内容で、分りやすいビジュアルなオンライン教材を開発し、ブラジル人も受講可能な値段で提供したら、ブラジル国内も含めた世界の日本語教育市場は一気に奪われる可能性がある。
 それがグローバル化したインターネットの競争原理だ。世界の潮流である以上、避けることはできない。

幸せになる確率を上げる場所=日本語学校

海外日系人協会の水上(みずかみ)貴雄業務部長

 プレ会議の中で興味深い講演があった。海外日系人協会(本部=横浜)の業務部長・水上貴雄さんの「日系日本語学校の価値」だ。
 水上さんは1996年から3年間、パラナ州マリアウバ市にJICA青年ボランティアとして派遣され、日本語学校で教えた。その後に同協会に就職し、以来20年間、ブラジルの日本語教育を見続けてきた経験からの提言だ。
 結論は「日本語学校=幸せになる確率を上げるところ」というものだった。

水上さんのプレゼン画面の一部

 プレゼンテーションを要約すると、「日本とブラジルは、地球上の場所だけでなく、価値観を含めていろいろなものが反対。個人よりも集団を大切にする日本、集団より個人を大事にするブラジル、時間に対する価値観も反対。
 つまり、日本語学校で日本語や文化を習えば、ブラジル育ちの人が対極にある価値観を学ぶことができる。そのように、多様な価値観を持つ人材をつくるのが日本語学校の役割。
 多様な価値観をもっていると幸せでいられる可能性が高い。たとえばお金に換算できることにしか価値が見いだせない人は、不幸せになりやすい。だから日本語学校で多様な価値観を習うと幸せになる確率が上がる」というものだった。
 要約すれば、「日本とブラジルは反対のものが多い」↓「日本語学校で学べば反対の価値観を学べ、多様な考え方ができるようになる」↓「多様な考え方ができれば幸せになりやすい」という3段論法だ。
 「日本語ができるようになれば収入増につながる」という短絡的な普通の語学学習ではなく、日本文化を通して人生や生き方や精神安定に役立つような価値観、考え方を学ぶことで、収入以上のメリットが日本語学校にはあるというこの3段論法のベースになる考え方は、広く一般化してほしいところだ。
 これは「日本人の顔をしているから日本語を勉強する」というかつての日系人の常識的な考え方より、はるかに普遍的で広くブラジル人にも共有してもらえるものだ。
 水上さんの「日本から見ていて思うのですが、日本とブラジルがくっついたら最強の国ができる。それができるのが、日系団体ではないかと思う」という言葉に、思わずうなずく読者は多いのではないか。

日本文化優秀論にならない文化論とは

 これを聞いて、9月19日に開催された文協統合フォーラム2020」(FIB)オンライン・ライブで聞いた、大志万学院の川村真由美校長の日本文化論を思い出した。
 日系社会ではついつい「日本文化優秀論」「日系人は素晴らしい」的な議論に向かいがちな部分がある。だが川村校長は「日本文化は優秀だ、日系人は頭が良いと、ユダヤ人や他の民族子孫に説いても意味はない」と中立的な教育者の視線からクギを刺す。
 川村校長は「日本文化の中から、民族を超えて役立つ考え方を抽出し、それを広めることが重要。例えば『感謝』(グラチドン)の思想を皆に教えている。
 どんな人にも、みな『自分の人生』がある。それがあるのは、ご先祖様がいてくれたおかげ。ご先祖さまの誰一人欠けても私は存在しない。その繋がり、流れの結果として、私は存在する。
 そして私はウニコ(唯一)の存在だ。ウニコで他の人とは違うから、自分の人生には価値がある。そのことに感謝するのは、人種・民族を超えて大事なこと。そこから説き広げることで普遍的な価値になる」と切々と語った。
 「日本文化優秀論」がそのままポルトガル語で表現されてしまうと、ブラジル人には人種差別だと受け取る人がいる。だが真由美校長のそれは、どんな人が聞いても問題のない普遍的な日本文化論になっており、感心させられた。
 「日本文化に役に立つブラジル文化は?」との質問に対し、同校長は「アレグリア(陽気さ)とベルサチリダーデ(汎用性)ね。日本文化は得てして真面目すぎて面白みが薄かったり、厳しすぎる面がある。ブラジル的なアレグリアとベルサチリダーデを取り入れることにより、バランスの取れた形になる」と回答していた。

日本語にしかない言葉を教える

 今回のパンデミックで痛めつけられた日本語学校が多いことは事実だ。多くの日本語学校の運営母体は、地域文協などの日系団体であり、その運営母体そのものがイベントを打てずに活動が休止して収入が激減している。その状態の中で、日本語学校や教師もまた、厳しい状態に置かれているところが多い。

聖南西文化体育連盟の山村敏明会長

 プレ会議の基調講演で、聖南西文化体育連盟(UCES)の山村敏明会長は、「30~40年前の往時にはうちの地区全体の日本語学校の生徒数は約1千人いた。でも今は300人ぐらい。かつて一家族に子供が6人、7人いたが、いまでは1人、2人。デカセギに行ってしまった人も多い。生徒を増やすために戦っている最中だが、パンデミックの中で将来への不安はどうしてもある」との心境を語っていた。
 山村さんの言葉で一番腑に落ちたのは、次のフレーズだった。 「子供たちにはしゃべる、読む、書くだけでなく、東洋の精神を学んでほしい。感謝の気持ち、高齢者への敬意、謙虚さはもちろん、『ごくろうさま』『お疲れさま』『お帰りなさい』『いただきます』などポルトガル語にするのが難しい言葉に込められた精神を教えてほしい。これらの言葉には、日本人の気持ちが込められている」
 まさにプレ会議で、多くの参加者から発言があった「日本語だけでなく、日本文化を教える」という日本語学校の意義を的確に表現した言葉だ。

ぜひ活用してほしいニッパキ紙サイト

ニッパキ紙サイトの共同通信ポ語記事(https://www.jnippak.com.br/category/internacional/)

 このプレ会議を取材しながら、ニッケイ新聞も何かできないか考えさせられた。姉妹紙であるポルトガル語週刊新聞「Jornal Nippak」では、12月から共同通信のポ語記事掲載を始めた。
 最新の日本のニュースをポルトガル語で伝えるもので「インターナショナル」カテゴリー(https://www.jnippak.com.br/category/internacional/)内にまとまって入っている。教師の方には、ぜひ毎日このページをチェックしてもらい、自分のSNSなどで拡散してほしい。日本の出来事に関心を持つ事が日本語を勉強しはじめる近道だからだ。
 政治や経済の話だけでなく、アニメの話題も積極的に取り上げている。例えば、ブラジルでも人気の高いアニメ「エヴァンゲリオン」の映画新作が1月から日本で公開になる件(https://www.jnippak.com.br/2020/caracteristicas-o-filme-final-de-evangelion-ha-muito-esperado-mostra-a-forca-de-seu-legado-de-25-anos/)、映画「鬼滅の刃」が大ヒットしている件(https://www.jnippak.com.br/2020/o-boom-demon-slayer-continua-no-japao-a-medida-que-o-volume-final-atinge-as-livrarias/)などの速報も掲載している。
 そのほか、小惑星探査機「はやぶさ」が宇宙から持ち帰った物質の件(https://www.jnippak.com.br/2020/a-capsula-contem-particulas-negras-possiveis-amostras-de-asteroides-jaxa/)、トヨタの水素自動車の第二世代発売開始の件(https://www.jnippak.com.br/2020/toyota-lanca-segunda-geracao-mirai-carro-eletrico-movido-a-celula-de-combustivel-de-hidrogenio/)など平日、毎日2件ほどアップしている。
 日本に興味のあるブラジル人なら読みたくなるニュースではないか。

ニッパキ紙サイトの歴史カテゴリー(https://www.jnippak.com.br/category/historia/)

 また同サイト「歴史」カテゴリー(https://www.jnippak.com.br/category/historia/)では、日本文化や歴史の紹介本『Cultura Japonesa』の中から様々なエピソードを掲載している。坂本龍馬(https://www.jnippak.com.br/2020/cultura-japonesa-vol-4-ryoma-sakamoto/)、ドナ・マルガリーダ渡辺(https://www.jnippak.com.br/2020/cultura-japonesa-vol-2-dona-margarida-watanebe/)、「沖縄県民かく戦えり」(https://www.jnippak.com.br/2019/%e3%80%90cultura-japonesa-vol-6%e3%80%91assim-lutou-o-povo-de-okinawa/)など日本の歴史や文化に関する読み物がたくさんある。
 ぜひ日本語教育に活用してほしい。両カテゴリーのページには日本語センターサイトへのリンクを張る。これ以外にも何かできないか、さらに検討したい。(深)

参加者の皆さん