【2021年新年号】令和3年=疫病終息祈ってきた歴代天皇=コロナ禍で新たなご公務模索=新年に皇室の弥栄を祈念

御一家(令和元年12月12日撮影、宮内庁提供)

 令和を迎えて、早や2年。新たな御代が華々しく幕開けした天皇御一代限りの即位に関する一連の儀式に続き、東京五輪の開催により国中が沸く一年になるであろうことを誰もが想像していただろう――。ところが、新型コロナウイルス感染拡大により、国民生活は一変。多くの尊い命が犠牲となり、新たな生活様式への変更を余儀なくされる激動の年となった。そのような厳しい状況のなかでも、国民に常に寄り添い、新たなご公務の在り方を模索される皇室のお姿があった。

▼両陛下、初のオンライン行幸啓へ

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、行事や式典の中止や延期が相次ぐなか、皇室のご公務もまた様々な形で変更を余儀なくされた一年だった。
 国民のなかに入って、人々の傍らに立ち、その声に耳を傾けるという「平成流」のご公務の在り方が困難になるなか、新たな生活様式に適応して、オンラインでのご公務を行われたのは画期的であったと言えそうだ。
 天皇皇后両陛下は、オンライン行幸啓として、北海道、福島、東京、沖縄の全国4つの赤十字病院の拠点をご視察された。医療の現場や各地域の状況などについてご下問され、自らの危険を顧みずに第一線で患者さんの命を救うために尽力している医師従事者らに深い感謝と励ましのお言葉をかけられた。
 オンラインでの触れ合いを持たれる機会を大切にされる一方で、様々な分野の専門家からご進講を受け、新型コロナウイルス感染症により苦労している人々の置かれた状況をよりよく理解することにも務めてこられた。
 皇后陛下は、旧年12月のお誕生日に際してのお言葉のなかで、次のように述べられている。《国民の皆様の現在の困難な状況を思うとき、国民のお一人お一人が、幸せであっていただきたいかけがえのない存在であるということを身にしみて感じます》
 新型コロナウイルス感染拡大が経済社会活動にまで大きな影響を及ぼし、様々な人が苦境に立たされる一方で、弱い立場に置かれている人々を支えるため尽力している人々がいる。そうした国民の一人一人にまで深く思いを巡らせ、心を寄り添われている。

▼秋篠宮ご一家、手作り防護服を寄贈

 また、秋篠宮皇嗣同妃両殿下もオンラインを活用し、積極的にご公務を続けてこられた。特に、医療物資が不足するなか、社会福祉法人恩賜財団済生会本部と同会中央病院に対し、約500着の手作りの医療用防護服を寄贈されたのは特筆すべきだろう。
 医療現場で職員が防護服を手作りしている窮状を知ったご一家は、宮内庁職員とともに市販のポリ袋などを使って、一つ一つを手作りされた。
寄贈された防護服のほかには、手書きのメッセージも添えられており、医療現場の第一線で心身ともに疲労している医療関係者にとって、大きな励みになったことであろう。
 また、次女の佳子内親王殿下も、一つ一つのご公務に真摯に取り組まれ、活動の幅を広げてこられた。
 第1回からご臨席されている第7回「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」に5分以上に及ぶ手話でのビデオメッセージを寄せられ、また、オンラインで大会の様子をご覧になった。
 対面で集まることができない困難な状況で学生たちが練習を重ねてきたことに触れ、「皆様のあふれる思いと熱意のこもった舞台は、きっとたくさんの人の心に届くことでしょう」と、若い世代の気持ちに寄り添い、お言葉を述べられた。
 新型コロナウイルス感染症により社会が変化するなか、いち早くオンラインに対応し、直接国民に寄り添う皇族の心遣いは有難い限りといえそうだ。

天皇陛下御誕生日(令和2年2月12月撮影、宮内庁提供)

▼「立皇嗣の礼」、皇位継承順位1位に

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、延期されていた立皇嗣の礼が、昨年11月に執り行われた。当初より規模が縮小されたものの、お代替わりに伴う主な儀式や行事が無事に終了したことは、大変喜ばしいことであった。
 天皇陛下が文仁親王の皇嗣(皇位継承順位1位)の地位を内外に宣言され、皇太子の伝統装束である黄丹袍をまとった秋篠宮皇嗣殿下は「皇嗣としての責務に深く思いを致し、務めを果たしてまいりたく存じます」と決意を述べられた。

▼疫病の中での天皇の祈り

 新型コロナウイルス感染拡大は大きな試練であるが、日本国の歴史を紐解くと、天然痘、はしか、赤痢など、数々の疫病を乗り越えてきたことが分かる。そして流行り病が発生する度に、歴代天皇は、国民の安寧と幸せを願い、祈りを捧げてこられた。
 相次ぐ国難に悩んだ聖武天皇が国家の安寧や疫病から人々が救われることを願って、奈良の大仏の造立を命じた史実はよく知られている。災害や疫病の流行に対して、当時の天皇が般若心経を写経し、神社や寺に奉納された例も数多ある。
 そのうちの一つに、戦国時代の疫病流行に心を痛めた後奈良天皇が金文字で写経した般若心経がある。平成28(2016)年に愛知県西尾市の岩瀬文庫にて、それをご覧になった天皇陛下(当時、皇太子殿下)は、翌29年のお誕生日に際しての記者会見で次のように述べられている。
《紺色の紙に金泥で書かれた後奈良天皇の般若心経は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが、そのうちの一つの奥書には「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました。(中略)私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、(中略)国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います》
 年頭には、例年実施されている新年一般参賀の中止に代わり、天皇陛下から国民に向けたビデオメッセージが発表される予定であり、今上陛下が広く国民に向けてビデオメッセージを出されるのはこれが初めてだ。
 新年に皇室の弥栄を祈るとともに、陛下の御心に添うように、心を一つに力を合わせ、この困難な状況をともに乗り越えるべく決意を新たにしたいところだ。(大澤航平)