中島宏著『クリスト・レイ』第123話

 そりゃあ,外国人の多くが怠け者で、問題ばかりを起こすのだったら、考えなければならないでしょうけど、でも、現実は決してそうじゃないでしょう。ナショナリズムも分からないことはないけど、ブラジルのことを考えるとまだ外国人を規制するのは早いのじゃないかしら。もちろん、最近は世界の情勢がおかしくなってきているから、それに対する警戒心が大きくなってくるのはやむを得ないことなのでしょうけど」
「何だか、アヤの言っていることを聞いていると、外国人の目じゃなくて、ブラジル人の目でものを言ってるような感じだね。
 ブラジルのことを、もっと広い視点で見ているところがあるし、それをまるで、自分の将来に結び付けて、真剣に考えているようでもあるね」
「考えているようではなくて、ちゃんとそう考えてます。こう見えても私は、ブラジルの国を愛してますからね。いい加減な考えでものを言っているのじゃありません」
「ほー、アヤも結構、愛国精神が強いところがあるね。だから、今のナショナリズムに対してもブラジル人的な立場に立った批判的なところがあるんだ。その発想は、外国人には珍しいよ」
「マルコスも、私に対してあまり外国人という意識は持たない方がいいわよ。あなたが“変なガイジン”だとすれば、私は“変な外国人”ですからね。話が噛み合わないかもしれない」
「いや、むしろ逆に話が合うのじゃないかな。変なタイプの二人が変な話をし合えば、誤解されることなくそのまま理解し合えることもあり得ることだよ」
「何だか分かったようで分からないけど、でも、それって案外、本質を突いているかもしれないわね。マイナス同士を合わせるとプラスに転化するということもあり得るというから」
「しかし、それにしてもアヤは確かに変な外国人だね。そのことは間違いないよ」
「あら、そんなに私に同調することはないでしょう。こう見えても私、少しは遠慮してものを言ってるつもりですけど。変だ、変だといわれると何だか気が滅入ってくるわ」
「アッハハハ、、、アヤがそれぐらいのことで滅入るなんてあり得ないよ。そんな軟弱な性格でないことは、この僕がとっくに見通しているよ。
 その芯の強さは並みのものではないからね。そういう強さに、僕は惹かれたといってもいいよ。ところでこれは、ちょっと真面目な話になるけど、アヤの持ってるその強さは一体、どこから来るものだろうかと、僕は時々考えることがある。
 アヤを見ていると何というか、あまり後ろを振り返らないというところがあって、いつも現在から将来へのことを考えていて、そこだけに集中するというか、それしか興味がないというふうに見えるね。
 もちろんそれは、僕の勝手な見方かもしれないけど、少なくとも君は過去にこだわって、それを引きずっているというような生き方はしていない。それはね、他の日本から移民して来た人たちを見ていても、その差がはっきりしているね。
 まあ、外国から移り住んできた人たちにとっては、自分たちの国へのこだわりが非常に大きなものだということは、僕にも想像できるし、望郷というのかな、自分たちが生まれ育った国に対する愛着とか執着がいつまでも振り切れない形で残っていくものだということも分かる気がする。
 そのことは日本人だけじゃなくて、僕の知ってるポーランドとかハンガリーとか東ヨーロッパから来ている移民の人たちにも、同じように見られるものだからね。
 つまりそれは、移民の人たちの間では常識のようなものになっているといえるのじゃないかな。それだけ、国を変えるということは大変なことだということを、そういうところを見ていると感じるね。