中島宏著『クリスト・レイ』第127話

 日本よりも、明らかにブラジルを向いて物事を考えるその性格は、本来の意味での移民という形からすれば、それが当然ともいえるものだが、しかし、実際にはなかなか、そこまで徹することができる人間は、一般の移民の人々の中にはいなかった。
 このゴンザーガ区に一緒に住んでいる人々さえ、アヤを、ある点では自分たちとは相当毛色の変わった人間というふうに見ていた。要するに、アヤはマルコスのようなブラジル人からは変な外国人と見られ、同胞である日本人からもやはり、変な日本人と見られていた。このことは、アヤが、いわゆる規格の中には簡単に収まらない人間として、多くの人々から見られていたということでもあった。
 おそらく、アゴスチーニョ神父が彼女を選択したのも、その辺りの事情からであろう。アヤのような人間であれば、未知の国で精神的に参ってしまうことはないだろうと評価されたのかもしれない。そこに彼女の人間としてのユニークさがあったともいえる。
 現実にその評価は当たっていたわけであり、彼女はその方面での能力を遺憾なく発揮し始めているといえた。
 「僕は、アヤを親しい人と思っているからこそ、いろいろ考え、こうして心配もしているんであって、別に他人事のように興味本位で言っているわけじゃないよ。
 アヤの将来のことは、僕にとってもすごく気になることでもあるからね。
 それとね、僕は前から一度君に聞こうと思っていたことなんだけど、このブラジルに来たことが、君にとってどんな意味を持っているのか、つまりその、移民して来たことが、本当に君が抱いていた夢に合致するものだったのかどうか、その辺りのことを聞かせてもらえないかな」
「ありがとう、マルコス。親友としての私に対するいろいろな心配や気配りには感謝するわ。私もちょっとね、あなたに対して甘える気分があるのかしら、つい、文句のようなものを言いたくなってしまうの。まあ、あなただからこそ、そんなこともできるともいえそうね。そうねえ、私がこのブラジルへ移民して来たことの意味は、簡単なことでもあると同時に、また、複雑で難しいことだともいえるわね」
「何だか矛盾してるような言い方だけど、少なくとも、アヤの表面的なものだけを見ている限りでは、そういう難しさというものは一向に感じられないけどね」
「それはそうかもしれない。だって、こんな個人的で、しかも内面的なことを一々顔に出したりするものじゃないわ。もっとも、これは私の勝手な思い込みかもしれないけど、人は、そういう隠れた部分を表にさらけ出すことをできるだけ控えた方がいいと思うの。そうしたところで、他の人に本当に理解されるわけでもなく、自分がそれによって変われるわけでもないでしょう。
 もっとも、今の私にはマルコスという、何でも話せる人がいるから、その辺はもっと開けっぴろげにしたほうがいいかもしれないわね。でも、たとえそうするにしても、やっぱり本当に理解してもらえるというのは、とても難しいことじゃないかしら。
 いえ、信頼しないというような問題じゃなくて、元来、二人の違う人間が、お互いにまったく理解し合えることはまず、無理なのじゃないかと思うの。ちょっと悲観的な考え方かもしれないけど」
「アヤのユニークなところはまさに、今、君が言ったことに凝縮されていると思うね。君は、かなり複雑な内面を持っていて、しかもそれが表面に出るのをひどく警戒している。正しいかどうかは知らないが、僕はアヤのことをそういうふうに見ている。