中島宏著『クリスト・レイ』第131話

 ただね、じゃあ、ここにいるすべての人たちが同じ考えを持っているかというと、必ずしもそうじゃないわね。もちろん、それぞれが考えるのは自由だし、この植民地でも、頭から強制するようにして、ここに住まなければならないという規則はないから、その辺はかなりの柔軟性があるといえるわね。
 とはいうものの、私のように日本のことよりもブラジルのことに目が向いている人間は、多分、今のところいないと思う。
 そういうことで言えばね、マルコスが私のことを普通じゃないというのも、まんざら的外れじゃなさそうね。そう、変な外国人なのよ、私は」
「アハハハ、、、何だかその言い方はすねてるようにも聞こえるけど、この場合の変だと言うのは、けなしてるのじゃなくて、むしろ誉め言葉という意味なんだけどね。
 まあ、それはともかくとして、僕がアヤに対してすごく興味が沸くのは、そういう、つまり君も言うように、ブラジルの方に目が向いて、あまり日本のことを考えないという傾向は、一体、どこから生まれて来たものだろうか、ということだね。
 君にとって、ブラジルは確かに新天地だということは分かるけど、でも、それにしても、この国への思い入れがちょっと急傾斜に過ぎるという印象を持つけどね。そこまでの強い思い入れが現れるということは、そこに何か、後にして来た国に対する複雑な気持ちが反動的に現れているのじゃないかと、ふと、そんなふうにも僕は考えてみたんだけど、どうなんだろう、その辺はちょっと邪推ということになるのかな」
「マルコスはどうも、私という人間が普通じゃないだけでなく、かなり歪な考えを持っていて、一筋縄ではいかない難しい人物だと思っているようね。ある意味でそれは、まったく当たっていないとも言えないけど、でも、あなたが考えているようには、私は変わった思想を持っているわけではないし、無論、危険人物でもないわ」
「誰も君を危険人物だなんて思っていやしないよ。ただ、一般的な見方からいうと、アヤは移民という類型からはみ出してしまって、何か考え方がひどく飛躍してしまっているような、ちょっと掴みどころがないようなところがあるということなんだ。
 で、そういう思想を持つに至ったのは、そこにどんな原因があったのか、あるいはアヤという人間は、もともと一般の人々には通じない、何か特異なものを持っているのか。僕が知りたいのはそこなんだよ」
「何だか私は、いきなり思想犯になって尋問を受けているような気分になってきたわ。はっきり言って、そういう問題をきちんと説明することは、簡単なようで難しいわね。
 いえ、私のようにまだ若い年齢の娘が、しかも人生経験も大してないくせに、問題は複雑だなどと言う資格はないんだけど、正直な話、その辺りの心の動きを説明するには、私にとっては本当に難しいという感じだわ。
 何と言うのでしょう、私の心の中にあることをきちんと説明しようとしても、それを間違いなく表現できるかどうかという点に引っかかってしまうわけね。説明できるかどうか、自信がないの。でも、一方で、これはいずれ誰かに話さなければならないというふうには考えていたのね。
 もちろん今では、その相手はマルコス、あなたということになるけど、ただ、その真意が間違いなく伝わらなければ、かえって誤解を受けたり、場合によってはお互いが離れていってしまうことにもなりかねないとも思うの。そこに、私は大きな不安を感じるのね。