愛を知らない人々

死の直前まで親子の絆を堅く保っていた故コーヴァス市長とトマス君(5月、Reprodução/Instagram)

死の直前まで親子の絆を堅く保っていた故コーヴァス市長とトマス君(5月、Reprodução/Instagram)

 先日来、耳を疑うような話が続けざまに報じられている。一つは、7歳の息子を虐待していた母親が、薬物を飲ませた後に息子の体をトランクに入れて運び出し、川に投げ込んだ事件。
 もう一つは、5月に亡くなったブルーノ・コーヴァス聖市市長が、コロナ禍で外出規制が敷かれている最中の1月に、息子と共にサッカー観戦に行ったとボルソナロ大統領が批判した件だ。
 最初の話は7月29日にリオ・グランデ・ド・スル州で起きたもので、母親は翌日、息子のミゲルがいなくなったと失踪届を出した。だが、話のつじつまが合わない事に疑問を感じた警察が、同居していた連れ合いの女性と母親を即日逮捕した。
 ミゲル君の遺体は現在も捜索中だ。警察は既に、鎖で縛って洋服ダンスに閉じ込めるなど、肉体的・精神的な虐待が続いていた事を示す証拠などを入手している。
 母親は息子の生死を確認せずに川に投げ込んでおり、体を運び出す際も骨を折ってトランクに詰め込んだという。また、取調べ中も、息子の事よりも連れ合いの女性の事を案じていたと報じられている。
 大統領の方は何かで追い詰められた時に起きがちな手当たり次第の多方面攻撃の一つだが、自己弁護さえできぬ死者に刃を向けた事などで、発言直後から批判が噴出している。
 コーヴァス市長のサッカー観戦は、その当時も批判を浴びた。だが、同市長はがん闘病中で余命の見通しさえつかぬ中、せめてもの思い出作りのための観戦で、防疫対策は完全に履行した事なども明確にしていた。
 パンデミック中、市役所に泊まり込んで市民の感染予防対策に没頭していた市長の後ろ姿には、誰もが一目おいていた。そして実際に5月に亡くなった…。
 故市長の息子で15歳のトマス君は、今回の大統領発言に対し、「それが愛だ! ボルソナロ氏には決してわからないだろうが」と語ると共に、「非人道的で臆病」と批判した。コーヴァス氏を知る人々も故市長を擁護し、大統領の態度を批判する声を上げている。
 「愛された事のない人は愛する事ができない」とよく言われる。親としての愛が、子供や友人、国民にも及ぶべきと考えるのは行き過ぎかもしれない。
 だが、これらの話からは、コロナ禍のストレスなども重なった出来事の一つといって済ませておけないような嘆きや叫びが聞こえてくる。(み)