キノコ雑考=ブラジルに於けるキノコ栽培の史実とその背景=元JAIDO及びJICA 農水産専門家 野澤 弘司 (5)

 キノコは約10億年前に古代の住みにくい自然条件下の地球の地表に生まれて以来、常に地球と共生し菌糸が地表を砕いて原始の土壌を作り出し、そこから生まれた有機質の養分で動植物は生命を持続して来ました。
 キノコはベルム期に発生した大火災に伴う沿岸の酸欠により地球上の生物の90%が絶滅した様な、幾たびとなく襲った生物大量絶滅の時代も乗り越え今日に至ったと言われています。
 キノコは地上には子実体を形成し地下の土壌には菌糸を蔓延させ、死や枯れた動植物の組織を分身の酵素や微生物と共に分解し、また土壌の窒素や燐を摂取しては地球の生態系を支えてきた。
 いわば地球上の生と死の媒介者であり、地球の有機体のエネルギーを利用して、菌糸は如何なる生物遺体をも分解し、汚染された環境浄化により得られる原料で新しい素材を生み出す地球規模の廃棄物回収処理業を兼ねた清掃人です。
 またキノコは有害な細菌やウイルスの浄化にも貢献し、更にペニシリン等の抗生物質の多くは土やキノコに由来しているので、菌には菌を以って制すべく、キノコは当代パンデミックの元凶コロナウイルス禍に対する薬用効果も無きにしも非ずと言われています。
 これより、キノコを“たかがキノコと云うなかれ”されどキノコはロマン溢れるお伽の国の妖精とは裏腹に、か細い菌糸にしては、身内の酵素と微生物と共に何でも分解し、愛くるしいにしては、花も咲かせず実も生らせずに何億年も生き永らえ、美味かったにしては毒キノコが多く、食べてみないと毒かどうかも解らずして、後々までも生死のうれいを残すなど得体の知れない、したたかで無限の可能性の潜在能力を持つ不思議で奇怪な生き物です。
 過日、NHKテレビで放映された「チコちゃんに叱られる」の番組で、キノコには何故“傘”があるかの質問に、東京農大の江口先生はキノコの傘の裏側にあるヒダで生成され、繁殖の為に飛散する胞子を雨水から防ぎ乾燥を保つ働きと、傘の表面が飛行機の翼と同様に断面が彎曲した形状から上昇気流を発生させ、胞子をより遠くまで飛散させ、繁殖領域の拡大を促す役目を担うとの事で、大自然の織り成す摂理には驚かされます。
 世界には約2万種ものキノコが自生し、日本は国土の67%が山林で占められて居り、約5千種のキノコが生存し、そのうち約70種は食用に供され約200種は毒キノコと言われています。余りにも毒キノコが多いので、日本の古文書には毒キノコにまつわる説話、即ち、創作された話では無く民間に伝わる口承の物語が多い事を知りました。
 更にキノコの毒には程度があり、死に至るもの、下痢や嘔吐等で体調を損なうもの、人様には害毒だが野生動物には反応しないもの、幻覚症状として短時間あの世をさまよい常態に復帰する一過性のものもあります。
 そのようなキノコと人との相関関係にあって、趣を異にしているのが今から900年ほど前の平安末期に編纂され、各巻“今は昔”で始まる「今昔物語」には、キノコにまつわる僧侶や尼の赤裸々な欲望、男女の葛藤等の説話が収録されています。
 当時はキノコを食する習慣が旺盛だったようで、キノコの芳醇な食材の醍醐味を堪能したら死んでしまうかもしれないが、どうしても食べたいとの二面性の魅力と同時に、魔性に取り憑かれ呪われ平常心を喪失した奇異な行動や対話は人間の本性をさらけ出し、笑いこけ、踊りまくり、わめくなど、キノコの食材としての限界を逸脱した異界(亡霊や鬼などが生きる世界)へと導かれて行ます。