《記者コラム》在日ブラジル人にWEB和解調停=世界に先駆け静岡県浜松市で開始

「ブラジル司法は私たちを忘れていなかった」

 「ブラジルとその司法制度は、私たちを忘れていませんでした。このサービス開始は歴史的な法的成果であり、私たちがブラジルを離れてからずっと求めていたものです」――在浜松ブラジル総領事館所属の市民協議委員会(CCH)の豊橋エベル評議員長はあいさつの中でそう語ったのを聞き、まるで「我々は棄民ではなかった」と言っているように聞こえ、実に感慨深かった。
 17日午前8時半、「Cejusc〝Amigo do Japao〟(Centro Judiciário de Solução de Conflitos e Cidadania Amigo do Japão 市民紛争解決司法センター「日本の友だち」)がWEB和解調停サービスを開始する式典をオンラインで行ったのを取材した。約60人が出席した。
 この件は聖州高等裁判所サイト(https://www.tjsp.jus.br/Noticias/Noticia?codigoNoticia=74342&fbclid=IwAR0wCAlZUtG82YIvlf4Ty6wT_XKOVpFPgIZRhNLJuSSnI6XFA-146ttHrqU)にも出ている。
 相手が聖州に在住の場合に限り、これで在日ブラジル人が、家族間の紛争や民事事件をWEB和解調停で解決できることになった。しかもTJSP(サンパウロ州高等裁判所)の公共サービスだから無料で利用できる。
 どんな場合に利用できるかと言えば、離婚、未成年の子供の親権、面会交流の規制、慰謝料、父子家庭の認知、婚姻、離婚時の財産分与、家族内の財産分与などに加えて、賃貸契約やサブリース、貸し付け、融資、銀行振り込み、借金や回収などの民事関係の要求にも対応していくという。
 裁判に持ち込む前に和解調停することで、案件が迅速に処理される。調整役の裁判官の監督のもと、調停者や仲介者は、当事者が解決策を見つけるのを助ける。合意が成立した場合、それは裁判官によって承認され、裁判所の決定のような効力を持つという。

気が遠くなる道のりが、オンラインで即時に

 これらの問題は、30年前のデカセギブーム初期から解決が求められていた。本紙2008年12月17日付記事「連載〈8〉増える日本への民事訴訟=嘱託書の手続きに課題」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2008/081217-72colonia.html)にも、次のような説明がある。
 かつてはこの種の訴訟は「裁判嘱託書」という書類を日伯でやり取りする中で解決するしかなかった。膨大な量の裁判嘱託書が時には1年半もかけて日伯間でやり取りされた。だが相手の住所が移転したりして、半数は未着のまま返送されることすらあった。手間ばかりかかって、効率の悪い解決法だった。
《サンパウロ州高等裁判所のカイターノ・ラグラスタ判事が今年(2008年)6月にまとめた報告書によると、被告の呼び出しや訴状、判決文などを外国にいる被告に送達するため、01年に同裁判所が作成した裁判嘱託書(カルタ・ロガトーリア)は、約3千通。そのうち、約半数が日本に発送されている。この数字は、ブラジル人居住者が多いアメリカやポルトガル、アルゼンチン、イタリアなどよりも圧倒的に多い。
 今年の統計では、5月までに、すでに2650通もの嘱託書が同裁判所から日本に送られている。デカセギ永住者の増加に比例して、10年前に比べると数倍にも増えている。
 この嘱託書の約50%が扶養費の支払いを訴えるもの。離婚や子どもの認知問題、刑事問題など続く。伯日比較法学会の渡部和夫理事長は「デカセギの永住化が進むにつれてこうした訴訟が増えている」と指摘する》
 この裁判嘱託書は、作成、送付してから何段階も両国の役所を通過するため、1回のやり取りだけで1年半もかかることがある。同記事には、以下のように詳述される。
 《裁判嘱託書は、訴訟の申し出があった国内各地の地方裁判所が作成し、それを州高等裁判所が取りまとめる。これを裁判所指定のブラジル側の公証翻訳人が日本語に翻訳し、州高等裁判所からブラジル法務省に発送する。同省と外務省の間で数度やり取りを交わした後、日本の外務省に送られ、最高裁事務総局と地方裁判所を辿り、やっと当事者に届くという段取りになる。このため書類のやり取りだけで1年半以上かかることも多く、手続きの長期化が常態化している。
 加えて、デカセギ当事者がブラジルの家族に居場所を知らせず、日本で住所地を転々していることが多いことから、嘱託書が未着になってブラジルに返送されてくるケースも問題になっている。
 報告書によれば、3、4年前では、8割もの嘱託書があて先不明として返信されてきた。現在、5割ほどまでに改善されているが、依然として多くの嘱託書が宙に浮いている状況だ》
 この気が遠くなるような解決への道のりが、WEB和解調停が開始されることで、当事者がオンラインで実際に顔を合わせて話し合うことで、迅速に解決が進むことが期待されている。

実は日本に起源があるブラジル式和解調停

渡部和夫さん

 この先駆的な取り組みは、聖州高等裁判所が伯日比較法学会およびブラジル浜松協会と共同で考案したものだ。
 アイデアが生まれたのは2013年に浜松市で開催された、在日ブラジル人に関する法律フォーラムにさかのぼる。そこから浜松ブラジル協会(Abrah)の石川エツオ代表と市民協議委員会が、伯日比較法学会代表でサンパウロ州立総合大学(USP)民事訴訟法教授の渡部和夫さんの協力を受けて、8年がかりで聖州高等裁判所と交渉しながら具体化が進められてきた。
 同式典で、20年以上日本に住んでいる国際弁護士の石川さんは、このプロジェクトを実現した責任者の一人として「8年前からの夢。ようやくこのマラソンのゴールにたどり着きました」との言葉で開始を祝った。
 実現したリーダーの一人、渡部さんは当日の挨拶で「この構想には日本的起源がある」と振り返った。日本外務省研修生制度の第1回参加者である同教授は、1965年に初めて日本を訪れた。その際、すでに裁判官としてのキャリアを積んでいたが、日本の司法制度の理解を深めようと日本式の和解調停を学んだ。当時ブラジルの司法界では和解調停という考え方は一般的ではなく、そこからブラジル式の和解調停を考案していったのだという。

石川エツオさん

 和解調停で合意に至らなかった案件だけを裁判にすることによって、裁判件数を減らすことに貢献できる。その意味で、裁判大国で係争処理が進まないブラジルにおいては画期的な考え方だった。渡部さんらは和解調停の考え方を起草し、2010年に施行した全国司法評議会(CNJ)の決議125として承認され、それが全伯の標準になった。
 その手法が、外国に住むブラジル人にも適用されることになったのが今回であり、渡部さんが半世紀余り前に日本で学んだ和解調停が、全伯に広がり、在日ブラジル人にまで享受される公共サービスになった。渡部さんはそれを「日本的起源がある」と表現している。
 渡部さんは「国外に居住する多くのブラジル人がこのような解決方法を待ち望んでいた」と述べ、「将来的には在外ブラジル人約350万人にこのサービスが提供されることを期待している」と語った。
 このWEB和解調停は、在浜松ブラジル総領事館の関連機関である浜松ブラジル協会と市民評議会の協力を得て、聖州裁判所第一審のヴァレリア・フェリオリ・ラグラスタ判事がコーディネーターを務めるジュンジャイー裁判所管轄区域の「Cejusc(市民紛争解決司法センター)で実施される。

コーディネーターを務めるヴァレリア・フェリオリ・ラグラスタ判事

 このサービスを利用するには、まずCCHまたはAbrahに連絡するか、メール(bengoshibr@hotmail.com)を送る必要がある。メッセージには、申請者が聖州在住であることを証明する書類と、日本国内在住の和解調停相手のデータ(少なくとも名前と連絡先)、事実関係を簡単に説明することが求められる。
 その後、申請者には、書類作成に関するすべてのガイドラインが送付され、事案に応じて30日以内に事情聴取の日程が決定される。ラグラスタ判事は「申請者と相手が共に参加できる時間を設定し、調停者がセッションを行います。両者が合意に至れば、私がそれを承認し、案件を終了させることになります」と説明する。
 ちなみに聖市の国外就労者情報援護センター(CIATE)の二宮正人理事長に解説をお願いすると、「ジュンジャイーのヴァレリア判事は、2008年に裁判嘱託書の調査をしたサンパウロ州高等裁判所のカイターノ・ラグラスタ判事の娘です。カイターノ判事はCIATE創立のきっかけになった1991年のデカセギ・シンポにも参加されたゆかりのある判事。親子二代に渡ってこの問題に取り組まれ、30年越しで解決への筋道がついたということでしょう」と驚きの歴史を披露しつつも、「ですが、その効果がどれほどは、今後じっくり見守る必要があると思います」と慎重に述べた。

外交と司法が協力して新しい市民サービス開始

エドアルド・サボイア在日本ブラジル国大使

 式典でエドアルド・サボイア在日本ブラジル国大使は、「紛争ばかりのこの世界で、調停を促進し、何よりも調停を実践することに献身的な人々がいることを知り、非常に感動した」と述べた。さらに在日ブラジル人コミュニティは、日本において5番目に大きい外国人コミュニティであり、非アジア人コミュニティとしては最大、子供のコミュニティとしては2番目に大きいことを強調した。「ブラジル人は非常に働き者で、これからどんどん彼らの活躍の場が広がっていくことでしょう」と期待した。

アルデモ・セラフィム・ガルシア・ジュニオル在浜松総領事

 在浜松ブラジル総領事館のアルデモ・セラフィム・ガルシア・ジュニオル総領事は「またしても、浜松では在日ブラジル人コミュニティのために先駆的な取り組みが行われた」と強調し、WEB和解調停は「将来的には外国における外交・領事ネットワーク全体に影響を与える」と述べた。
 同総領事は浜松市を舞台にした先駆的事業として、ブラジルと日本の社会保障協定を最初に適用したこと、浜松はEncceja (Exame Nacional para Certificação de Competências de Jovens e Adultos、若者と大人のための技能認定試験)を実施、約2カ月前には「Portal Sebrae no Mundo」(在外ブラジル人企業支援事業)を立ち上げ支援をしたことなどを列挙した。

連邦高等裁(STJ)のマルコ・アウレリオ・ガスタルジ・ブッジ判事

 連邦高等裁(STJ)のマルコ・アウレリオ・ガスタルジ・ブッジ判事も当日、「このようなイベントに参加することは喜びです。敬意を表します」とのべた。最後に聖州高等裁長官の代理としてジョゼ・カルロス・フェレイラ・アルベス判事は、「私たちの新しい到達点には驚かされます。調停・仲裁のセッションはオンラインで行われ、その効率と信頼性は長年にわたって検証され、非常に成功しています。サンパウロではすでに120万回のセッションを成功させており、この方法の効率性を証明済みです」とWEB和解調停に太鼓判を捺した。
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ジョゼ・カルロス・フェレイラ・アルベス判事

 デカセギ問題を扱うシンポジウムで必ずテーマになってきた民事訴訟案件が、聖州高等裁と伯国外務省の協力で解決に向けて筋道がひかれた。
 これは国外在住350万ブラジル人の先鞭を切るものだ。それが、デカセギブーム初期から日本人住民との衝突が起き、15年ほど前には二国間で大問題になった国外犯処罰案件などが起きた静岡県浜松市を舞台に行われていることは、まことに感慨深いものがある。
 その浜松市が、今回の東京五輪パラリンピックでは、ブラジル代表のキャンプ地として両国の絆を象徴する場所になっていた。長い時間をかけて関係が改善され、絆を深めてきた。
 昨年、ブラジル人日本移住30周年を祝ったから「石の上にも三十年」とも言えるし、国外犯処罰を思えば「雨降って地固まる」「災い転じて福となす」なのかもしれない。(深)