特別寄稿=日本定住化30周年記念=カンノエージェンシー代表 菅野英明=長ネギ栽培で日本一の生産者に=報恩感謝で地域と一体化して発展=TSグループの斎藤俊男=(上)

ティーエスの創業者で長ネギ生産で日本一になった斎藤俊男会長

 日本一の長ネギ生産会社を持つTSグループは、地域社会とともに発展していく企業文化を構築し、地元で長ネギ生産と学校経営を中心に、埼玉県児玉郡上里町で日本の未来図でもある多文化共生社会を実現している注目の会社だ。日本で農業を成功させてブラジル日系人の顔的存在になった創業者・斎藤俊男の人物像を中心に、ティー・エス ファームと学校法人ティー・エス学園を取材した。

 埼玉県児玉郡上里町に本社おくティー・エス(TS)グループは、次の8部門から形成されている。
(1)ティー・エス(1995年)=人材派遣業
(2)学校法人ティー・エス学園(1995年)=教育
(3)ティー・エス ファーム(2012年)=長ネギ栽培などの畑作農業
(4)ティー・エス ホーム(2010年)=不動産業
(5)ティー・エス スポーツセンター(2004年)=体育施設と競技場の運営管理と経営
(6)TS財団(2018年)=大学の授業料免除などの奨学金制度
(7)TSタイランド=貿易
(8)TS輸出入商会ブラジル=貿易

TSグループと日系外国人の心情

島根茂生社長

 TSグループが日系人を数多く採用している理由について、斎藤はこう語っている。
 「日系ブラジル人など在日外国人の多くは厳しい労働環境を強いられ、今もとても苦労している。デカセギ労働者としてやってきた自分自身もそうだったが、人の傷みやつらさを理解している。そのため、常に助け合うことが出来、他の従業員スタッフを思いやることが出来る。どんなに辛い仕事でも笑顔で明るく道を切り開いてくれている日系人スタッフへの感謝の気持ちは常に忘れていない」。
 斎藤は50歳を迎えた2017年に社長ポストを譲った。ブラジル生まれの二世で当時36歳だった社員の島根茂生(しまね しげお、パラナ州ロンドリーナ生まれで幼少期に家族で日本に定住)を後継者に指名した。
 この時の決断がなぜ成功したのか、斎藤がこう語る。「彼(島根)も幼い頃に日本にやってきて、相当苦労してきた。人の傷みやつらさが分かる。小学校の頃にカブトムシやクワガタを売って家計を助けてきたことも知っている。だから成功出来ると信じ登用した。また社長就任以前から年齢に関わりなくプロジェクトを全て任せた。農業や学校も(実務面は)彼がやってくれた。任せること、そして信じる事が極めて大切だ」。
 誰にも負けないような人生経験を重ね、期待に応えている島根も立派だが、慧眼に支えられた斎藤の人を見る目は確かなものがある。

ブラジル日系社会と日系人

地域密着で地元の上里町とともに発展するティーエスグループ

 「地球の反対側の南米大陸では日本人・日系人を表現する言葉として「Japonês Garantido」(訳「日本人日系人なら間違いない=信頼できる」)が広く使われおり、移民した日本人の長きにわたる血涙の努力により、その子弟の多くは勤勉さと教育程度の高さから、政治、経済界、医者、弁護士など様々な分野で活躍し、ブラジル国民から認められている。
 しかし日本ではその逆だと斉藤は言う。「日本で苦労している日系外国人自身が日本でもっともっと努力する事が大切だ」と口癖のように言い続けている。
 「決して現状に甘えることなく、国に助けてくれなんて言えない。自らの手で困難を切り開く事が大切だ。過去多くの苦労に直面したブラジル移民の先人を見習わなければならない」。
 そんな斎藤が31年間住んでいる埼玉県上里町は、長ネギで最高のブランド品といわれる『葱王』の有名な産地で、埼玉・上里町及びその周辺で生産されている。埼玉県は深谷ネギの生産地として全国的に有名だ。そんな場所に、全国の長ネギ生産で日本一のTSファームがあり、斎藤俊男が住んでいる。
 ブラジル生まれで二世の事業家が、なぜここまで成長し、発展できたのか。そこには斎藤の「地域密着」と「永住化」という基本的な考えがあった。だから、上里町の住人として町民から信頼され評価されている。
 入管法が施行された1990年の来日以来、今年で31年目。その間、斎藤は2004年に日本国籍を取得した。彼が評価される最大理由の一つが、地域住民と一体化した生活と職場拠点をここ上里町においていることだろう。
 上里町は埼玉県最北端にあり、群馬県と隣接。代表的な都市近郊型畑作地域だが、最近では首都圏のベットタウンとして人気がある。人口は約3万2千人、外国籍の町民は約500人、東京から85キロ、世界に誇る偉人で戦前活躍した女性飛行士の西崎キクの生誕地でもある。
 斎藤俊男と地元の上里町の関係を、関根孝道前町長に尋ねると、「斎藤さんとはこれまで本当に長いお付き合いをさせて頂いており、人間性が豊かで確かな信頼性がある。近隣の方々のみならず、町や県の議員の先生からもとても慕われるような存在だ。このような人柄を持つ斎藤さんなら安心して土地を貸そうと思う地主がほとんどではないか」と振り返った。「これからも上里町、そして日本の農業発展に貢献して頂きたい」と激励を受けている。

地元農家も認めた長ネギ生産に賭けた斎藤の情熱と行動力

1日に8トンを出荷する長ネギのブランド『葱王』の加工工場

 上里町の住民になって以来、町民一人一人と信用と絆づくりに努めてきた。日本で住むために何が大事か、地元との信頼関係を選択したことだろう。農業である長ネギ生産の成功はその最たるものといえよう。
 長年かけて築いてきた地元との信頼関係があるゆえに、人間関係があるゆえに、生産農地の確保では、当初は日系人だからという理由で反対していた農家も、斎藤が築いた地元の人脈ルートで遊休農地を貸してくれるようになったのである。
 しかも、2008年からの畑作や2009年から始めた長ネギ生産でも身に余る指導を受け応援してくれた。日系人のデカセギの多くは30年前から賃金のより良い職場を求めて全国各地を転々とする例が多かった。デカセギゆえの苦渋の選択でもあった。
 それは永住化志向の斎藤が歩んできた人生とは対照的だった。斎藤は住民になった早い時期(約20年前)から上里青年会議所、地元商工会、ロータリークラブなどで活動をしてきた。
 こうした地元とともに成長してきた斎藤の生き方や考え方は、日本の多文化共生社会を考える上で一石を投じるに違いない。
 上里町で積極的に地元に入りきずなと交流深めた主な地域活動とボランティアは、
◎上里青年会議所元理事長
◎本庄市青年会議所元副理事長
◎2006年から2007年は上里ロータリークラブ会長
◎2008年から2009年は第2570地区ロータリークラブ地区委員
◎現本庄市(埼玉県)商工会議所会員
◎現上里町商工会会員

TSファームに関する斎藤俊男との1問1答

日本では大きな長ネギ栽培生産地だ

■長ネギ生産に進出した理由:(2008年のリーマンショック→人材派遣業の経営危機→抱えた従業員を農業へ)。
 2008年に襲ったリーマンショックで、当時右肩上がりに成長を続けていた人材派遣業が大きな打撃を受け、派遣していた日系外国人社員の大半が職を失うことになり、雇用を守る為に遊休農地を使い活路を見出せないかと考え、農業への参入を決意した。
■長ネギ生産の創業期3年間の苦労話:
(1)長ねぎは栽培期間が長い事。播種してから収穫出来るまでに10カ月ほどかかり、売上が立たず従業員の給料を支払うのに精一杯で、かつ翌年の農業資材も購入しなければならず、とにかく運転資金を中心に資金面で苦労した。
(2)やっとの思いで収穫出来た長ねぎも、地方の卸売市場に出荷するため、相場に左右されやすく、安値で取引される事が多々あり、経営が成り立たなくなった。どれだけいいねぎを栽培出荷しても、評価されないことに従業員皆がっかりする日々が多かった。
■生産開始以来、何年後から利益が出たのか、およびその理由:
 作付面積を増やし、従業員も10人になる頃、大手外食チェーンのレストラン向けに直接出荷出来るようになり、契約栽培へと舵を切った事が大きかった。一定価格でコンスタントに注文が入り、社員スタッフを増やすめどが立ち、農業機械や設備に投資出来るようになった。農業ビジネスに参入してから11年経つが、先行投資が多く利益が出るのは来期(2022年)以降となる見込みだ。
■会社の特徴と独自性は?
 野菜の安心・安全とは何かと考えた時、消費者にとって毎日同じ生産者が作る野菜に対し安心感を抱いてくれるのではないかと思い、「生産者の顔が見える化」を実現すべく365日長ねぎを生産・出荷出来る仕組みを構築し、日本で初めて周年出荷が出来る生産者となった。
 そして消費者に一層安心して選んでもらえるように、100項目以上の審査基準をクリアし、JGAP(食品安全・労働安全・環境保全・人権福祉など持続可能な農場経営への取組みに関し、日本の標準的な農場にとって必要十分な内容を網羅した基準)及びASIAGAPも取得している。
■「葱王」ブランド品の特徴は?
 「葱」という漢字には「心」という一文字があり、ねぎを栽培することで多くの方々の心を繋げることをブランドのコンセプトにした。農地を貸して下さった地主の「心」、生産するスタッフの「思い」、食べて頂く消費者に「感動」を与え、皆から「愛」される野菜作りを目指し、「葱王」という名前にした。高鮮度・高品質・おいしさへのこだわりをさらに追及していきたい。(つづく)

TSファームの概要
◎会長名:斎藤俊男(さいとう としお)、社長名:島根茂生
◎創業年:1995年
◎会社設立年:2012年
◎社員数:日系ブラジル人約20人、日本人約30人の計約50人
◎長ネギ生産日本一の根拠:野菜種苗販売大手のタキイ種苗やサカタの種などに確認したところ「日本一の生産者だろう」とのこと
◎長ネギ生産面積:葱王を中心に農地面積は約50ヘクタール(7年前の取材では30ha)
◎長ネギ生産高:毎日8トンを出荷
◎主な販売先:全国のスーパーやデパート系の小売店を中心に約2300店舗。ホテル、レストラン、飲食業などが約500店。
◎出荷方法:安心・安全を考え、FG袋詰梱包を主体に、量販店や消費者ニーズに合わせ全形態に対応。
◎出荷・販売態勢について:収穫から出荷までのリードタイムを半日に短縮。最短で翌日には店頭に陳列される仕組みを構築。既存の市場出荷形態のリードタイムより6日~7日間。短縮し、高鮮度且つ甘くて美味しい高品質のネギを提供することで他産地と差別化を図っている。