特別寄稿=金持ちは豊かに貧乏人は貧しく=困った風潮、活用望まれる国民の金=サンパウロ市  駒形 秀雄

 先日誕生日を迎えました。今回は外国に住む娘や息子の一族も来ると言うので、普段はあまり行かない様なレストランで会食をし、「パラベンスやケーキカットは気の置けない自宅でゆっくりやろう」という事になりました。
 会食予定地に向けてファリア・リマ大通りのあたりを通ると、新しい近代的なビルが建ち並んでいます。パウリスタ大通り界隈の四角で大きいだけのビル群と異なり、それぞれの建築家が腕を振るったのか、柔らかなカーブの建物やそれ自体が芸術作品のようなビルが多く、通りがかる人達の目を楽しませて呉れます。

 天国と地獄

 レストランはその一角にありました。丁寧な出迎えを受けて内部に入ると、そこには落ち着いた調度品と柔らかな照明が有り、上品な雰囲気が感じられます。
 食事はブッフェスタイルでサラダやパスタ、肉類など各自が好みに応じて自分の皿にとり分けます。勿論ガルソン(給仕)も居て、「こんなものが欲しい」と言えば、客の好みのものをテーブルに揃えてくれます。(料金は約120レアル/人とか)
 楽しい会話や食事の合間に周囲を見渡すと、皆さんスッキリとした服装で、立ち居振る舞いも上品に見えます。歩き回る子供たちの白い肌、金色に光る髪などを見ていると何かヨーロッパかアメリカの一角に居るような気持ちになります。カナダから来ている娘に「フーン、ここは一寸客層が違うな。サンパウロには豊かな人が多いんだ!」と話しました。

インドネシアのジャカルタにあるゴミ捨て場の様子。ブラジルのスラム街でもそっくりの姿が見られる(Jonathan McIntosh, via Wikimedia Commons)

 それにしてもです。時間が空いてから思い出したのは先日テレビで見たLixão(大規模ゴミ廃棄場)の光景です。そこは各家庭から集めて来たゴミをトラックが持ち込み廃棄する場所なのですが、多くの汚れた服装の男女、子供たちが先を争って食べられそうなものを漁っているのです。
 その内、一台のトラックから肉屋の廃棄物と思われる大量の生骨が出て来ました。すると一人の男はそのトラックの後部に首を突っ込んで、骨に少しついている肉片をそのまま口に入れて食べています。腐敗しているかどうか? 細菌がついているかどうかなど、全く意に介していないのでしょう。
 これを見て思わず〝餓鬼道〟という言葉が頭に浮かんで来ました。空腹を満たしたいと言う欲望は体裁とかモラルとかを断然上回る本能的なものなのでしょう。
 ところで、先日サンパウロでF1の自動車レースが開催されました。会場のインテルラゴスは満員6万人で埋め尽くされました。パンデミアなどどこ吹く風のようです。一方で餓鬼道をさ迷い歩く人々が居れば、他方では最先端技術と熟練を競うカーレースを見に行く人が居る。これが我がブラジルの現実なのかと思われます。
 では、この印象が的を射ているのかどうか、【表1】数字を当たってみましょう。
 コロナ禍の2020年から2021年に向けて中間層が減り、低所得層の割合が増えています。所得が殆どない極貧層の割合はこの統計には出て居ませんが、2020年で家族手当・生活保護(BOLSA FAMILIA)を受けて居た人が1350万人いたとされています。

2020年の国別の億万長者の数ではブラジルも7位に入っている(出典:The Countries With The Most Billionaires 2020)

 ではもう一方の「ブラジルの大金持ち」の方を一寸覗いて見ましょう。Forbesの2021年の〝ブラジルの億万長者〟(BILLIONNAIRE)は前年より42人増えて315人となっています。昔は大金持ちのことを「百万長者」(MILLIONNAIRE)と呼んでいたのですが、今は3桁上がって「億万長者」(BILLIONNAIRE)と呼ぶのだそうです。
 これは明らかにブラジルでも貧富の差が拡大しており、「富める人は益々富裕になり、貧しい人は益々貧しくなっている」ように思えます。オギャーと生まれた時は皆同じく裸だった筈なのに、どうしてこんなに天国と地獄のような差が生じたのでしょうか。これも大きな研究課題ですが、長くなるのでまた、別の機会に、と致しましょう。

 貧困層も人間だ

 この様に貧困層が増えて庶民の不満が高まって来ると、政府としても安閑としては居られません。何かのキッカケで暴動が起きたり、「無策の大統領を変えろ」などの動きが出て来かねないのです。それで極貧層に現金補助をしてこの層の不満を和らげようと考え、同時に「やっぱり今の首長は偉い。我々の苦境をチャンと見ていて、我々を救ってくれるのだ」として人気も出て来ることになります。
 来年、2022年は選挙の年ですから、今のうちに「補助金を出すよ」と声だけでも挙げておく必要があるのです。
 ところが政府が「貧乏の人も同じ人間だ。機会に恵まれなかった人たちに援助をしよう」と、このアウシリオ・ブラジル(AUXILIO BRASIL)補助金の内訳を発表するとたちまち野党の大反対が起き、「選挙の票目当てのバラマキ策だ」「収入の裏付けもない支出だ。それは財政破綻をもたらす」などと大騒動になりました。
 こうして与野党間で激しいやり取りがありましたが、ボルソナロ政権は「早く実施しなくては自分たちの命が危ぶい」と隠れていたお金を集めて、取り敢えずの財源を作り、11月から行政措置で補助金の支給を始めました。但し、種々の条件がついて、月100レアルとか月200レアル前後の支払いです。

リオのファヴェーラ(貧民街)の様子(丘)(ジェフ・ベルモンテ, via Wikimedia Commons)

 更に恒久策として政府が決済すべき義務のある借金(プレカトリオ)の一部の支払いを繰延する、という法案を作り出し困窮者救済策として議会にその承認を求めました。この救済法案を否認すれば、「貧乏人の為を考えて政府が法案を出したのに、反対党がこの法案を潰した」として反対者の人気は下がり、次の選挙での落選が予想されます。
 結局この法案は下院の全出席者344人だかの賛同を得て可決されました。この後、議案は、野党勢力が強い上院にまわされ審議、決済が求められることになりますが、さて、結果はどうなりますか。
 貧しいノロエステ(北東地方)等では、その日の子供の口に入る最初の食べ物は学校での給食だと言われます。そのような救済策が必要な14歳以下の子供が1700万人は居ると言うのですから、何等かの救済の施策は必要なのでしょう。
 この様に外部の要因で貧しくなった階層の人々を救済する策は日本―岸田内閣でも、アメリカーバイデン政権でも行われており、ブラジルだけが例外ではない訳です。
 「貧乏人も大金持ちも同じ人間じゃないか。豊かな生活を享受(Enjoy)するのは「基本的人権だ」と言われれば、「これは全く正しい意見です」と認めざるを得ませんね。

 貴重なお金の活用を

 額は少なくとも皆にお金を行きわたらせて、国民皆がニコニコ生活出来る様にする。これは政治家にいわれるまでもなく、誰もが理解し望む所でもあります。
 しかし注意すべき点はそのお金がどう生きて、皆を幸せにしてくれるかです。そうなるような方策を取らないといけません。
 一般には、低所得者に払われたお金は、低所得者からの支払い=> 商店=> 生産者(農業者・工業者)=> 税金・政府=> 消費者=>という風に循環し、その間に付加価値も加わり、経済を成長させる。そしてそれで市民の懐を肥やすと説明されています。
 この計画が上手く行けば良いのですが、それには十分な実行策が必要です。それが無くて、途中でこのお金が止まったり、消えてしまったりでは折角の名案も、短い間のアダ花、金が無くなったところで終わりとなります。
 もう一つ、問題があります。それは現在予定されているようにプレカトリオ等の政府の借金を決済先延ばしにして、実体も無いお金の流通量だけを増やした場合です。これは当然インフレになります。
 ある程度の「優しいインフレ」の場合は、市場を活気付けプラスになりますが、二けたを越えるような「悪性インフレ」になると困窮するのは一般市民となります。これはブラジルだと多くの市民がその経験を持っており、絶対避けなければならない事態です。
 しかし、それには行政だけでなく、一般市民一同が心してそういう方向を避けるようにする必要があります。
 ブラジルでは計画段階では立派で明るい希望を与えてくれるものが多いのですが、その実行段階で腰砕けになったり、折角の資金が横の方にそれて消えてしまう例が多いのです。
 偉い人が立派な計画を作ってくれたのなら、この恩恵を受ける市民の側も、その計画に協力し、政治も市民もウィンウィンの成果に繫げたいものです。
【補足】
 ブラジルの経済力を示す国内総生産を調べてみると、ルーラ政権の時代にはブラジルは世界6位にあり、1位米国、2位中国、3位日本、4位ドイツ、5位イギリスに続いて居ました。
 それが現在、2021年10月の数字では1位米国、2位中国、3位日本、4位ドイツ、5位イギリス、6位インド、7位フランス、8位イタリア、9位カナダ、10位韓国、11位ロシア、12位ブラジル、13位オーストラリアの順だそうです。
 「生活しているのは同じ人間だ」と主張しているブラジルが、余り大きな天変地異も無かったのに何故こんなに順位が下がったのでしょう? 考えて見たい所ですね。(ご意見を歓迎します。→hhkomagata@gmail.com