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(食)風景スケッチ8=な、空港に来て正解だろ

グルメクラブ

2005年11月25日(金)

 わが家では、困ったときの空港頼みである。週末の過ごし方の話だ。
 そういつもいつも行楽地へ遊びに行くわけにはいかない。映画や絵画鑑賞というわけにも。だから特に暑い季節になると、空港に出かける。
 たいていはグアルーリョス市の国際空港だ。
 冷房が効いているし、昼間はガラガラ。最新モデルの薄型TV前に置かれたイスを陣取って、スポーツや観光番組をじっくり鑑賞できる。
 なんといっても、外国へ旅立つ前のあの高揚感を、疑似体験できるのがいい。
 今回の話は、やけにみみっちいな。これもまたそんな話になるが、十月十二日の「子供の日」に訪ねたときのことだった。
 子供向けアニメのキャラクター商品を売る店を通りがかったら、うちの娘が「福袋」をもらった。無料サービス。中にはマンガ本、あめ玉、お絵かきセットなどが入っていた。
 店の人は「近くの講堂でアニメの上映会もやっています」と誘う。行ってみれば、ほぼ貸し切り状態である。わたしは妻子に向かって胸を張った。「な、空港に来て正解だったろ」
 それでまた味をしめて、十一月十五日の「共和制宣言記念日」にも出かけた。国旗のバッチくらいは配っているだろう、と踏んだが、今回は収穫なしという憂き目をみた。
 でも、考えてみれば、ポルトガルから独立したときと同じで、「無血革命」によって共和制を実現している国だから、祝賀ムードは薄いはずなのである。
 グアルーリョスの国際空港が落成したのは一九八五年、二十年前のこと。最近まで知らなかったのだが、二〇〇一年十一月二十八日にその正式名称を「アンドレー・フランコ・モントロ国際空港」とする法案が国会で議決された。
 一九八三―八七年のサンパウロ州知事だ。他国では大統領、あるいは国際的英雄の名前が選ばれているのに、国外では知名度ゼロの人名が、南米一の「国際」空港に付けられたという大疑問。それに答えることはわたしには出来ない。
 日本の旅行専門誌「旅行人」二〇〇一年一月号が〈何もない街へ行く〉を特集していた。ベテラン旅人たちの巻頭対談で、真っ先に槍玉に挙げられていたのは、サンパウロ市だった。
 その街の「玄関」である空港についた瞬間から、彼らの落胆は始まったに違いない。社会主義国もかくやと思われるほど野暮で陰気臭いコンクリート作り。トイレへの入り口かと見まがう出国ゲート……。
 三流の空港をこしらえた理由について「モントロが建設費を横領し、お金が不足したせい」とする向きもいる。ブラジルだ、多分そう、いやまさか。やれやれと思う。が、第一ターミナル二階のレストラン、コレクションにいると、そんな厭世的な気分も和らぐ。
 なんだかこじつけのようだが、本当だ。ガラス一枚隔てて滑走路や整備場を一望できる。トランジットルーム(乗り継ぎ待合室)にいるような感じの、不思議な時間を過ごせる。既に出国スタンプを押され、どこの国にも足をつけていない状況というか。世の煩瑣なことなど忘れてしまう。
 いわゆるインターナショナル料理のブッフェで三十八レアル。肉魚料理とパスタ類、スープは日替わり、デザート、サラダもそろっている。空港内にはブラジル料理のポルキロレストラン、エンポーリオ・ブラジルもあるが、一キロ三十三レアル。一キロ以上の料理を胃袋に収める自信があるなら、食べ放題のブッフェのほうが徳かもしれない。地階の隠れた場所にもポルキロ・定食屋が。テーラ・アズル、水槽が目印だ。
 ただ、わたしならコレクションを選ぶな。そのバーカウンターのひじ掛けクッションは、こことリベルダーデ区のスナックつがるでしか見かけたことがない貴重な代物。また、一角に展示されている古い「国産ウイスキー」のコレクションも、一見の価値がある。
 他にはどんな飲食店があるだろうか。第一ターミナルには流行のすしバー。盛り合わせは二人前で六十レアル、ワインが充実しているのがいい。フランスの代表的軽食であるクレープの屋台や、市内では珍しいアメリカ系大手ピザチェーン、ピザ・ハットもある。
 ハンバーガーを売るファストフード店は二軒。ひとつは「世界のマクドナルド」、もうひとつをジェット・バーガーという。すべてのメニューを「ジェット付」で呼んでいるのがおかしい。ジェット・コーラとかいって。
 三十六種の各国ビールが楽しめるのはバー、オン・ザ・ロック。イギリス、オランダ、ベルギー、ドイツ、日本、ウルグアイ、アメリカ、そしてブラジル。ビールを通じて「地球一周体験」できそうだ。
 英国の航空関連調査会社が実施した二〇〇五年の世界空港ランキングで一―五位は香港、シンガポール、韓国、ドイツ(ミュンヘン)、日本(関西)だった。南米ではペルーのリマ国際空港が最高位。市街地への交通の便やレジャー設備面で、ブラジルは劣っているようだ。残念ながら。
 「飛行機の父」サントス・デュモンが生まれた国なのに。
 ――モントロの胸像があった。空港の出口に。みんな目もくれず通り過ぎていく。場所が悪いよな。立ち止まって、眺めているのはわたしくらいである。

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