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食べるのもいいが眺めるのも素晴らしい

グルメクラブ

2005年12月09日(金)

 グルメに関するいい話題はないか。その日もテレビの料理番組をみていた。
 数年前にガンを克服したり、お抱え運転手と電撃結婚後すぐに離婚したり、料理などよりも話題作りのほうが明らかにうまい、六十がらみの金髪女性タレントが出演しているやつだ。
 彼女の料理のパートナーは、口が達者な緑のオウム(操り人形)である。世間話を交え、ワーキャーいいながら二人は料理を作る。
 いかにもブラジルらしい、にぎやかなだけで雑な番組内容だと分かってもらえると思う。
 わたし自身、参考になったためしは過去に一度もない。が、原稿の締め切りが近づいてもテーマが決まらず焦っていると、ワラをもつかみたい気持ちで、チャンネルをあわせてしまう。
 理由は単純だ。ポルトガル語が苦手なので、文字資料より映像や絵、写真の資料がありがたいのだ。
 だからわたしは、ネタ探しの必要に迫られる度に、金髪女性とオウムのやり取りをうつろな気持ちで眺める。あるいは書店で、写真や絵がふんだんに盛り込まれた料理本を思いつめた表情で立ち読みする。
 『ア・コジーニャ・マラヴィリョーザ・デ・オフェーリア』。そんな題名の本が先日、書店の新刊コーナーに平積みされていた。オフェーリア・ラモス・アヌンシアトさんをたたえる本だという。今年八十歳、ブラジルでテレビの料理番組をまかされた最初の女性だと書かれている。
 四百ページにわたって紹介されているレシピは一千。実用性重視で、わたしのような料理を作る習慣のない人が、楽しめる類いの本ではない。では、料理は食べるのもいいが、眺めるのも素晴らしいと思える本とは―。
 わたしは、セナッキ(senac)の出版物の大ファンだ。洒脱な解説文、充実のレシピ、写真やイラストの使い方、斬新なレイアウト。そのすべてが連繋して、料理の素晴らしさを屹立させている。
 ブラジル料理全般を扱っているものに、『ヴィアージェン・ガストロノミア・アトラヴェス・ド・ブラジル』がある。〃料理で旅するブラジル〃とでも訳せるだろうか。
 本当にこんな旅が出来たらと思う。ページをめくるたびにため息がもれる。料理本であることをつい忘れてしまう。全国各地域の名物が登場するが、その選択にひねりが効いている。例えば、サンパウロのそれのひとつはカエル料理。かつてジェネラル・ジャルジン街にあったレストラン、パレイリーニャのレシピを再現している。
 リオデジャネイロのおいしいものとして出てくるピカジーニョは、レストランバー兼ライブハウスのミスツーラ・フィーナのやつ。これにも意表をつかれたなあ。
 各地域の料理文化について突っ込んで知りたい人向けのシリーズもある。
 『ア・クリナーリア・パウリスタ・トラディショナル』『サボーレス・イ・コーレス・ダス・ミナスジェライス』『ダ・パンパ・ア・セーラ オス・サボーレス・ダ・テーラ・ガウーシャ』『クリナーリア・ノルデスチーナ エンコントロ・デ・マール・イ・セルタォン』『クリナーリア・アマゾニカ オ・サボール・ダ・ナツレーザ』
 他にテーマ別の本もあって『ア・ドッサリア・トラディショナル・デ・ペロタス』はリオ・グランデ・ド・スル州ペロタス伝統のポルトガルのお菓子を取り上げたもの。サンタ・クララのパステル、ベン・カザード、カマフェウ、パッポス・デ・アンジョ……。綿アメを食べているようなメルヘンチックな一冊だ。
 個人的には、豚を特集した『クリナーリア・スイーナ・ノ・ブラジル』は、衝動買いの寸前までいった。パラナ州トレド、サンタカタリーナ州コンコルディアで毎年恒例の「子豚の丸焼き祭り」を紹介する個所がとりわけ秀逸だ。
 その内臓手足まで食べ尽くすポルトガルの田舎では豚を奉り、銅像をこしらえてさえいるらしいけど、この国も愛情の深さでは負けていない。各地にあることあること、豚の民芸品や版画が。豚好きの方は本で参照されたい。
 日本の学校に通う出稼ぎのブラジル人子弟は「ブタジルから来た」などとからかわれるらしい。いや、事実、ブラジルはブタジルの一面も持ち合わせているのだ。
 一八一六―一八三一年までブラジルに滞在した仏人画家ジャン・バティスト・デブレの作品でも確認できる。街路で黒人男性二人が豚を担いで歩いていたり、「リングイッサを売る黒人男性」(1826)の画面端には母親豚と五匹の子豚が。後方にも二匹の豚が悠々と歩いている。
 こうしてさまざまな時代の料理文化の状況を一目で把握できる、デブレの作品はわたしにとって貴重だ。彼のような存在がもっといれば「グルメクラブ」の資料として役立ったのだが、惜しむらくは少ないことである。

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