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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(6)

 はじめに寄港するのはシンガポールで、船はずっと南西にむけて舵をとりつづけ、すでに出港から3週間が過ぎようとしていた。この貨物船の状態を少しでも耳にしていたら(あるいは日伯両政府は情報不足だったのかもしれないが)、若狭丸の航海中に起きたことに驚きはしなかっただろう。むしろ、問題が起きるのが遅かったことに驚いたはずだ。10年前、日 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(5)

 印刷物の顔と旅券の顔が同一人物かどうか確認し、入国の判をおし、白紙のページに渡伯にさいして利用した交通機関や日付けなどを規定どおりに記載した。荷物を点検し、最後にブラジル国に正式に受け入れることを認める、というスタンプをおす、これが彼らに与えられた任務だった。  自分の国でも関係機関の命令にきちんと従うということに正輝は慣れて ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(4)

 自分が誇らしく思えた。つり合いがとれていた。西洋スタイルの晴れ着、そして、遠い西洋の輝かしき日…。  それは1918年7月17日、木曜日の朝、9時半過ぎのことだった。 「ディカ、セイコウ!(正輝! 急げ)」  新世界を頭のなかで描いていたやさき、ふだん使っていた沖縄弁の樽叔父の聞きなれた声で、現実によびもどされた。セイコウは家 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(3)

第1章 航海中の惨事  肌をさす冷たい突風がふいて、正輝はブルンと身震いしたが、その冷たさが快くもあった。三ヵ月たってはじめて目にする広い空だった。雲ひとつ見あたらない。すがすがしい青色は、故郷の冬晴れの空を思わせた。 「もしかしたら、こっちはあっちとあまり違わないかもしれない」と考えた。  船旅のあいだ暗い船底で、ぎゅうぎゅう ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(2)

 最終的に日本の敗戦を認識し、日本にはもう帰れないという厳しい現実に直面したとき、はじめてブラジル生まれの子どもたちの教育に的が絞られた。農業をすて、都会で生き延びる方法を模索したのである。こうして、家族は急激にブラジル社会に溶けこんでいった。まず、家庭内ではポルトガル語が使用された。同時にまた経済の向上を根気よく図りもしたが、 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(1)

はじめに            保久原淳次ジョージ  この本は後部の参考書および訳注・備考欄に記載した記録および作者が収集した証言、あるいは本人の記憶によるエピソードなどを記したもので、登場人物はすべて実在し、記述された事柄はすべて事実である。  しかしながら、本書は歴史、社会学、新聞報道のたぐいのものではなく、しいていえば、物 ...

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