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連載小説

パナマを越えて=本間剛夫=71

    第四部         1「お前は、福田兵長と捕虜を副官室へ連れて来い」 その日の午後、庶務室に現れた科長が下仕官に命じた。 胸が踊った。あれから一カ月余り、毎日案じていたエリカたちと会える……。英語の教師という仕事を与えられた二人はどんなに喜ぶだろう。それは又、彼女たちが無事母国へ帰れることの保証でもある。「福田、出か ...

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パナマを越えて=本間剛夫=70

 軍曹はまだ粟野中尉が連合軍に対して捕虜の件を通報していることを知らない。また、司令部が二人の捕虜をアメリカへの報復として処刑する考えがあるのを、粟野中尉が阻止するよう働きかけていることも知らない。だからエリカたちの生命はもう永くはないと予期している。 この論でいけば連合軍は、私をも生かしてはおかないだろう。中尉を信じながら下士 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=69

 私は中尉と話したかったが、機会がつかめずに焦っていた。通訳として私を転属させておきながら、司令部は二人の所在を匿している。 数日たったある朝の点呼のあと、私はぼんやりと広場を眺めていた。その時、粟野中尉がいつもになく急ぎ足で壕に入って来るのが見えた。庶務室には幸い私一人だった。チャンスだ。「お質ねしたいことがあります」 中尉は ...

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パナマを越えて=本間剛夫=68

 一切、粟野中尉に委ねているのだから……。常識人である中尉は、二人の上司に捕虜の取り扱いについて淳々と道理を説いてくれているのだろう。戦争は終わった。軍隊はもう存在しない。階級性を盾に中尉を越権行為として罰することは出来ないはずだ。副官が狂気でない限りは。 私が日本の軍隊に対して不信を抱いたのは、その教育と階級性だった。内地の陸 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=67

 そういってアンナはロープをつかむと驚くほどの早さで壁面を蹴るようにして崖の上に立った。(さすが!)私は一瞬飽気にとられて見上げた。見事だった。 崖の緑を巡り三角山の稜線に立つと、南東の風が西に傾きかけた太陽の熱さを和らげていた。海面に細かい線を描いて吹く風の流れは平和な世界を象徴しているようだ、戦争は終わった。これからは平穏な ...

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パナマを越えて=本間剛夫=66

 私は今村に、先に帰っているようにいい、中尉の後を追った。この機会を逃しては、もうチャンスはない。「中尉殿、お願いがあります」「何だ、福田か」 中尉が振り返えった。「敵逃亡兵を発見しました」「そうか見つけたか」 中尉は予期していたように静かな調子だ。「早く見つかってよかったな……。どこにいたのか」病棟の上の崖の洞窟に極めて健康状 ...

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ガウショ物語=(20)=雌馬狩り=<1>=草原のいたずら者「チビ黒牧童」

国境付近で羊放牧をするガウーショ(Foto: Claudio Fachel/Palacio Piratini)

 もしお前さんがあの頃生きていたら、わしは何もいうまい。ことさら耳新しい事などないからな。だがあんたは若い。年から言えば、わしの孫くらいなもんだ……だから、まあ、聞きなされ。 あの頃は全てが開けっぴろげで、広大な牧場が一面に広がっていたが、柵も仕切りもなくて地続きだった。それぞれの境界線は、一応分割された土地として登記所の地図に ...

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パナマを越えて=本間剛夫=65

 中尉と話す機会を何とかしてつかまなければ……。アンナのことを相談しよう。連合軍は日本をどうするのか。属領として永久植民地化するのか.それが歴史的に自然な形だろう。そんな日本にいたたまれるものではない。果たしてブラジルへかえるのか。まとまりのつかない疑問が次々と湧いた。 命令受領の時間が来て、広場にいつもの顔ぶれが集まっていた。 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=64

 副官が低く云った。「敵兵を発見したそうだな、その状況を話せ」 命令受領のあと三角山村近から渓谷の奥を独自で捜していたことを私は告白した。上司の許可もなく、自由行動をとっていたことについてひどく責められることはないだろうという自信があった。英語のほかにスペイン語とポルトガル語を話すのは、この島で自分以外にはないのだという自信が、 ...

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ガウショ物語=(19)=老いぼれ牛=<2>

 未練がましくカビウーナが相棒を探して、たまに近くまで寄っていやな臭いをかいでいると、群がっているハゲタカどもがヨチヨチと離れる。腐った血をなめたり、ドウラードの肉の破片を飲み込んだり、吐いたりしながら……。 黒い悪魔みたいなこいつらほど憎らしい奴はないね! だがな、カビウーナが一頭になったら牛車が引けなくなっちまったんで、それ ...

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