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連載小説

パナマを越えて=本間剛夫=37

「駈けろ!」 私は上等兵の手を把んで眼下の露出した岩盤を目がけて背を丸めて駈けはじめたが、大小の石塊に足を取られて転びそうになる。気はあせっても足が進まない。五十メートル下に電柱が立っている。すぐその下が司令部入口だった。そこまで行けばしめたものだ。 電柱は電灯線と電話線で、全島に張りめぐらされている。立木をそのまま利用したり、 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=36

 終日、地上作業で過ごす農耕班が逃げ送れて最も多くの犠牲者を出している。敵は北から来ることは殆どない。島の東部から南部にかけて聳える海抜三百メートルの三角山――兵隊たちは、そう叫んでいる――の山膚に添って上昇し、頂上まで来るとこんどは急斜面すれすれに急降下して、あたりかまわず機銃を掃射して左旋回し、あっという間に姿を消してしまう ...

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ガウショ物語=(3)=金三百オンス=《2》=「あそこの置き忘れた!」

ジョアン・グランデ(翻訳者提供)

 あゝ!……突然記憶がすっかりよみがえった。昼寝をしたあの場所の光景が目に浮かんだ。脱いだ服をまとめて掛けておいたサランジの枝。それから、大きな石の上に置いた幅広の革帯と、その上に載せてあったけんじゅう拳銃用の細いベルト。 水に入る前に、最後の一服を喫(の)んで小枝の棘に突き刺しておいた煙草の吸殻。まだ燃え尽きないやつから青い煙 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=35

 護送兵にしても、少年のように小柄な(病気でなければ、美少年のはずの)初々しい仲間の哀願をふり切って去ることができないでいるのだ。私も患者の憐れな姿を見ると、隊の事情が許すならば、患者の希望をかなえてやりたいと思った。しかし、それは例外の計らいだ。 「暫く待ってなさい」 私は護送兵を伴って医務室にとって返し、三浦軍曹に事情を説明 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=34

 三浦軍曹の声が止んだのは、護送兵が部隊からかき集めた煙草か甘味料をせしめたからだろう。 このような場合、私の同僚たちは何気なく座を外す。先任仕官が拒絶するのを、その部下である兵が引き受けるわけにはいかない。非人道な鬼のような振舞いに口をさしはさむことは軍の秩序を乱すことになるからだ。 私は明るい光線の届く医務室に入った。一目で ...

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ガウショ物語=(2)=金三百オンス=《1》=大事な革帯がいつの間にか

伝統的なガウショの衣装(翻訳者提供)

「あの頃、わしは牛追いをやっていた。ある時、三百オンスの金貨でいっぱいに膨らんだ幅広の革帯を腰に巻きつけての一人旅をしていて、ちょうどそこの渡りの辺りで一休みした。その晩、泊めてもらう予定のコロニーリャの大牧場に近かったんでね」「まるで昨日の事のように覚えているさ!……暑い盛りの二月。わしは、もう何時間も速足で馬を走らせてきたの ...

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パナマを越えて=本間剛夫=33

 しかし、司令部医務室には増員すべき軍医も衛生兵の余裕はない。その上、南方から患者が上陸してくる。マーシャル、カロリン群島以南の戦闘は友軍の敗北によって三カ月も前に終息しているはずだったが、不思議なことに、敗残部隊の鰹船や筏を操り、幸運にも敵機の爆撃を免れた患者たちが漂着して患者はふえる一方なのだ。 私たち衛生兵の日課は回診、施 ...

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ガウショ物語=(1)=牛飼いブラウを紹介しよう

ガウショの像

 お若いの、牛飼いのブラウさんを紹介しよう。 「わしはこの州のなか内を、あちこち気の向くままに渡り歩いてきた。草木もない海岸の焼けるような砂地の熱さも知ったし、絵に描いたみたいに美しいミリン湖の島々で遊んだこともある。 ある時は、波のうねりみたいな起伏のあるサンタナの大平原の広さに疲れ果て、また、雄大なウルグアイ河の水に手をひた ...

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パナマを越えて=本間剛夫=32

 私は正しい判断を述べたと思った。 しかし、中佐の面を不快な色が走った。中佐は、日本人は世界のどこに住もうと、日本人であることに変わりがある筈がない、と信じているのだろう。アメリカやブラジルの日系二世たちが、父親のそうした古く、単純な考え方の下で、如何に悩んでいるか。とくに、アメリカ生まれの日系人があくまでも日本人としてしか処遇 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=31

 中尉は帝国軍人として、それがいいたかったのだ。まだ少年の弟を残している彼は、皇軍の選ばれた士官として殉国の忠誠心に培われたのだから、私の二重国籍の不純さは、私の背徳思想を現すものであり、許し難いのだろう。 返す言葉もなく、立ち上がった。 私は日本に帰ってから日本人であるよりも、むしろブラジル人でありたいと考えるようになった。日 ...

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