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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第94回

ニッケイ新聞 2013年6月13日  テレーザは冗談のつもりなのだろうが、児玉は血の気が失せていくような気分だった。うなされながら朴(パク)美子(ミジャ)の名前を叫んでいたのだ。  それを知って以来、トレメ・トレメで寝ていても、うなされ夜中に飛び起きてしまう。午前二時、三時に目が覚めると、夜が明けるまで一睡もできない。児玉は仕方 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第95回

ニッケイ新聞 2013年6月14日 「本物は美味しいね」 「ニセモノなんてあるのか」児玉は不思議に思って聞いた。 「あるよ。パラグアイから入ってくるウィスキーはニセモノが多いのさ」  パウリスタ新聞にはパラグアイは酒好きには天国だと紹介されていた。パラグアイは海には面していないが、海軍がある国なのだ。アルゼンチンとパラグアイとの ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第96回

ニッケイ新聞 2013年6月15日 「ジャポネース、教えてあげるよ。ブラジルには男も女も、生きている人間の数だけ肌の色の違う人間がいるのさ。でもこの国には、二種類の人間しかいないよ。金持ちと貧乏人のどちらかさ。お前さんも手遅れになる前に、こんなファベーラ同然のアパートから一日も早く出ていくことだよ」  サンドラはバスルームに入り ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第97回

ニッケイ新聞 2013年6月18日  どの記事を一面トップにするか、日本の新聞を参考にして、紙面構成を考え、午前中に一階の印刷工場へ原稿を送る。  見出しは写植、記事は鉛を溶かした活字で組まれ、そのゲラが夕方の六時くらいに上がってきた。昼食を自宅に戻ってするという口実で、ゲラ刷りが上がってくるまで、児玉はトレメ・トレメで熟睡した ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第98回

ニッケイ新聞 2013年6月19日  マリーナはウィスキーの空瓶が散乱し、埃だらけの部屋を見て、言葉を失っていた。 「ありがとう。久しぶりに食事らしい食事をしたよ」  児玉はデザートのマンゴーを頬張りながら言った。 「児玉さん、このアパートは日本の大学を卒業したあなたのような人が住むところではありません。一日も早く出た方がいいと ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第99回

ニッケイ新聞 2013年6月20日  追い求める自分にいつか出会えることを祈っています。ブラジルにまできてこのことで言い争うつもりはありませんが、きっとそれは私が思っている朴美子とはまったく違った姿のあなたなのだろうと思います。  羽田から飛び立つ五日前のことでした。あの晩、白い錠剤を二階から投げつけてきたあなたに、いつもとは違 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第100回

ニッケイ新聞 2013年6月21日  楽園からの手紙  金子幸代は横浜市緑区十日市場の市営住宅を当て、母親の朴仁貞と二人暮らしをしていた。二DKの集合住宅だが、以前住んでいた恩田町の朝鮮人部落よりははるかに暮らしやすかった。父親と兄、姉らが共和国へ帰還していった後も、夜が明けると同時に、リヤカーを引く音や夫婦喧嘩の声が絶えない長 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第101回

ニッケイ新聞 2013年6月22日  朴仁貞は以前暮らしていた恩田町の知人を時折訪ねていた。そこの朝鮮人部落から帰還した在日も少なくはなかった。  大学から戻ると部屋の灯りもつけずに、朴仁貞がダイニングキッチンのテーブルに腰かけたまま物思いに沈んでいた。いつもなら「お帰り」と声をかけてくるがそれもなかった。 「どうしたの? オモ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第86回

ニッケイ新聞 2013年6月1日 「日本人のパスポートを使い、韓国語も話せない。同胞だといえば、逆に激しい怒りを買うだけだ」  児玉の言っていることは大げさではなかった。 「民族の血なんていうのはしょせん虚構だ。俺が韓国で育てられれば、韓国人として成長するだろうし、日本で生まれて育つから日本人として成長した。生まれた場所の風土、 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第102回

ニッケイ新聞 2013年6月25日  しかし、朴仁貞は一度言い出しら、簡単にはそれを引っ込める性格ではないことを幸代自身がいちばん理解していた。  最後には隣の住人に聞こえるような大声で幸代を詰り出した。 「もう二十年近くも家族と会えないでいるのに、どうしてそのくらいの金が作れないのか。この親不孝者が、大学まで卒業させてやったの ...

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