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連載小説

パナマを越えて=本間剛夫=20

 これらの日本漁船は決まった基地はあるが、魚群を求めて北部ブラジルからギアナ、ヴェネズエラ海岸を含む大アンチル列島を曳游(えいゆう)しながら獲物を母船運ぶか、最寄の港で処分する極めて自由な海の放浪を続けるものだったから、一度日本を出ると交替が来るまでは、一年、二年と故郷の土を踏むことが出来ない。 ところで、コーチはどこから来たの ...

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パナマを越えて=本間剛夫=19

 その船も貨物船で日光丸よりも一回り小さく六千トン級らしかった。私は奇妙な感じにかられた。外国の領域で敵、味方が、何のわだかまりもなく、順番を待っている。此れが現実なのか。現実に厳然として実在する光景なのか。戦火を交えているお互いの国の、おそらく敵も軍需物資を満載している船の船員同士が、全く自然に眼前にある。その矛盾、不合理が、 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=18

 それにしても越後、甲州両雄の決戦を彼は米国が日本の宿敵となぞらえているのだろうか。長蛇を逸しないための綿密な計画を進めることを、彼自身にいいきかせているのだろうか。彼は断じてボリヴィァ人ではない。以前、船長に彼を誤解していたことを告白したが、今まで、彼の巧みな虚像に踊らされてきた自分が憐れだった。 しかし、彼が故意に、なぜ私に ...

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パナマを越えて=本間剛夫=17

 船長は私の手から菊花紋章のついた旅券をとって、その袋に入れ、終りに手際よく両端を結んだ。その瞬間、私はブラジル人になった。正真正銘の。ブラジル旅券を開くと、《国籍》   ブラジル共和国《出生地》  ブラジル国オリンプス市ボア・ヴィスタ街223番地《生年月日》 1912年6月21日《職業》  ナシ・学生 その他、両親の姓名、身長 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=16

 私は数日前まで船長はじめパーサーも機関長も、この男を殆ど無視していると考えていた。今日まで船長らとコーチとの対話らしいものを聞いたことがなかったのだが、今日のコーチが鷹揚に備えて船長の話しに合槌を打っているのを見ると、自分の人を見る態度が浅はだかったことが反省された。 その会話でアメリカの対日姿勢が相当緊張しているらしいことを ...

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パナマを越えて=本間剛夫=15

「やあ、よくお休みになれましたか」 私を激しくたしなめた昨夜の船長の表情はなく、客に対する丁重な口調に変わっていた。私は熟睡できなかった。コーチの鼾で、幾度か眼をさまされては、そのたびに腹を撫でて胴巻の安全を確かめた。 食後、甲板に出た。海はおだやかに凪いて、鴎が数羽、船の前後を行ったり来たり翔んでいた。陸地が近いのだろう。鴎を ...

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パナマを越えて=本間剛夫=14

「だから、そのダイアはブラジルのものではない。英国のものだ。それを日本がブラジルの軍部に手を廻して買い取ったんです。ブラジルは、かつて日露戦争の時に小さな巡洋艦を日本に譲ってくれたことがある。ブラジル海軍にとって、それは「掌中の玉」だったんです。昔からブラジルは日本の政体に興味と親しみを抱いている。巡洋艦、これも英国製ですが、こ ...

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パナマを越えて=本間剛夫=13

「エメボイ農大の入学試験は、後二週間ほどです。募集は四十人ですが、もう全国から百六十人ほどの願書が来ています。あなたも、今、ここで願書をお書きなさい」 私は早速願書を書いて差し出して、試験当日上京して受験した。 自信はなかったが、一週間ほどして合格の通知が来たとき、これで、わが人生の行路は決まったという思いで毎日が明るく、六月、 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=12

 ミナミ氏がアメリカ人でありながら、日本の戦争に協力して、彼が愛し骨を埋めることになったブラジルへの貢献の報いもついに実現できなかった。その胸の痛みを知るのは、この地上で私だけだ。彼の一途な武士のように生きた生涯を思うと目頭が熱くなった。 第二次世界大戦でアメリカの日系二世が、アメリカを母国として遠征軍を組織し、ヨーロッパで勲功 ...

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パナマを越えて=本間剛夫=11

 私は日本の学者たちの通訳で二カ月もアマゾン流域を歩き廻ったこと、その役目を私に名指したのが、母校エメボイ農大の英人教師だったことを思い出したが、アマゾンから水晶やダイヤが採れるとは知らなかった。「あまり良質とはいえないが、アマゾンは宝石の宝庫ですよ。それが、りっぱな兵器になる」 船長はいちいち私の意表を働いた。「しかし、それは ...

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