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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第150回

ニッケイ新聞 2013年8月31日  ブラジルの風土がそうさせるのだという。長い間農業に携わってきた野村は、農民らしい説明をした。日本のトウモロコシは甘くて粒も揃っている。やわらかくて茹でて食べることができる。その種を日本から輸入して、ブラジルに播いても粒は不揃いで、しかも実も固いものになってしまう。 「日本のトウモロコシとは全 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第135回

ニッケイ新聞 2013年8月10日  二人の案内員の手前、そう言うしかないのだろうと察して、仁貞は家に案内するように言った。しかし、寿吉は「ここからは遠いし、同志たちが用意してくれたこの場所で話は十分にできる」と下手な役者が台詞を棒読みするような口調で言った。 「何を言っているんだい。夫婦が十七年ぶりに会ったというのに、自分の家 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第136回

ニッケイ新聞 2013年8月13日  平壌の案内員は平然と包みを開いた。その横に仁貞はにじり寄り、地元の案内員にわからないように百ドル紙幣を握らせた。 「どうか今晩は三人だけで、この家で過ごさせてもらえまいか。この年でもう車に乗る気力もない。二度と共和国に来ることもできないかもしれない。だからお願いだからここで一晩過ごさせてくれ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第137回

ニッケイ新聞 2013年8月14日  日本から運ばれたきたものを自分たちで使うのではなく、文子は売って生きながらえようと考えていた。  午前八時になると、車で案内員が迎えに来た。見たこともない車はソ連製のジープを真似て造った共和国製の「更生六八型」という車だった。  仁貞の滞在期間は二週間だったが、会えたのはその一晩だけだった。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第138回

ニッケイ新聞 2013年8月15日 エスペランサ  小宮清一と東駅叫子は結婚届けをカルトリオ(登記所)にまだ提出していなかった。日本のように署名と捺印だけで結婚届けがすぐに受理されるのではなく、まず市役所官報に二人の名前が告示された。一ヶ月間、二人の結婚に異議を申し立てる者がいないかの確認が行われ、異議申立人がいないことが明らか ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第111回

ニッケイ新聞 2013年7月6日 「明日から朝食は私たちと一緒にこっちの部屋で摂ればいい。用意ができたらドアをノックするから出てきて食べるように。昼食はこの容器に入れて用意してあげるから、それを会社に持って行きなさい。夜はあなたの部屋に用意しておくから、夜間中学から帰ってきたら食べるように」  叫子が明日からの生活について説明し ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第127回

ニッケイ新聞 2013年7月31日  「日本は勝った」と異様な熱気に包まれた日系社会で、負け組の人々は「非国民」と罵声を浴びせ掛けられ、命を狙われた。そして一九四六年三月七日午後十一時三十分頃、バストス産業組合専務理事の溝部幾太が、バストス市街地にある自宅裏庭で背後から拳銃で撃たれ死亡した。  その後も、勝ち組によるテロの嵐が吹 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第112回

ニッケイ新聞 2013年7月9日  それが終わると、次に整備するオートバイはどれなのか小宮に聞いてくるようになった。 「どこまで続くか見ものだな」  竹沢所長は半信半疑だった。  複雑な整備技術が求められるオートバイが持ち込まれ、それを小宮が整備する時などは、パウロは一番前にきて、何も見落とすまいと真剣そのものだった。ノートも手 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第113回

ニッケイ新聞 2013年7月11日 「ここから二時間もかかる田舎なんだ。週末はシェッフェのために使って……」  パウロの言葉を制して、叫子が言った。パウロが家族に引き合わせたくないと思っているのは、小宮も感じていた。 「何をそんなに心配しているの?」  パウロはソファに座りこみ、頭を抱え込んでしまった。 「何か問題でもあるのか? ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第114回

ニッケイ新聞 2013年7月12日  グスターボは空腹なのか腹を鳴らした。 「そんなにほめられたら料理しないわけにはいかないわね」  叫子はセシリアにキッチンに案内するように言った。  しかし、叫子はすぐに戻ってきて、日本語で言った。「お米がないのよ。近くにパダリアがあるらしいから子供たちにパンと米を買いに行かせて」  パウロが ...

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