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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第103回

ニッケイ新聞 2013年6月26日  短期訪問団の日程には沙里院も含まれ、沙里院旅館で昼食を摂る。それが共和国で暮らす帰国者にも伝わり、短期訪問団が沙里院を訪れる日には、沙里院旅館の前に帰還家族が集まってくるようになったらしい。 「白さんがバスから下りると、やせ細った男が近づいてきて、恩田町の白さんですかって聞いてきたんだって。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第88回

ニッケイ新聞 2013年6月5日  ソウルには三人の子供が結婚し、孫が生まれていた。最初に彼女一人が帰国した。日本に足場を作り、その後に韓国内の家族を次々に呼び寄せた。  韓国から帰国した直後、鶴川は東京都江戸川区にある引揚者のための常盤寮に入った。常盤寮は老朽化した木造長屋で、引揚者の多くは下関港に降り立ち、列車で東京までやっ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第104回

ニッケイ新聞 2013年6月27日 「わしらは祖国が在日を温かく迎えてくれると信じて疑うことはなかった。しかし、家族と再会してはっきりしたことがある。在日は共和国では差別されているし、共和国は国家再建のための人手が足りなかったからわしらに目を付けたに過ぎない。生活も日本にいた頃より貧しい暮らしをしている。長年、家族の再会を認めな ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第89回

ニッケイ新聞 2013年6月6日 「おばあちゃんは日本人なんだから、日本にいればいい。でも、俺たちは韓国へ帰ろう。ここは俺たちの国ではない。韓国人から石を投げられてもそれは仕方ない。それはオカエシだからがまんするしかない」  中学生の幸一が言った。  日本人の差別意識の根深さに頬を張られた思いだった。朴美子が日本人との子供を産み ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第105回

ニッケイ新聞 2013年6月28日  帰宅すると、炬燵に入ろうとする母に伝えた。 「これから手続きを開始して、いちばん早い訪問団に入れるのはいつなのか聞いてきて」  幸代のその一言を待ちかねていたように母親が答えた。 「お前ならそう言ってくれると信じていたよ」  早稲田大学の講師を辞職することには躊躇いもあるが、幸代の収入で共和 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第90回

ニッケイ新聞 2013年6月7日  ベッドの横に置かれた小さなテーブルの上には、氷と水、ロックグラスにニッカの「G&G」のボトルが並んでいた。サントリーオールドより越路吹雪のCMが流れる「G&G」の方が好きだと言ったら、美子はそれを買い置きするようになった。  氷入れグラスの中の氷は半分ほど溶けていた。ウィスキーのボトルも半分ほ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第106回

ニッケイ新聞 2013年6月29日 「審査結果は出次第、こちらから連絡させていただきます」  一週間と言っていたが、五日後には結果が出ていた。融資可能という返事が電話で入った。三百万円とこれまでに蓄えた貯金を合わせれば、母親を共和国に行かせることはできる。予備校講師をしている限り銀行への返済は可能だ。しかし、共和国で暮らす家族へ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第91回

ニッケイ新聞 2013年6月8日  いつものように唇を腹部から下腹部に這わせていった。美子はため息とも喘ぎともとれる声を漏らしながら、児玉の愛撫を受け止めていた。 「顔を見せて」  美子が言った。児玉は美子の中に入り、突き上げるように腰を何度も上下させた。酒のせいか、あるいはいつも射精をコントロールされてきたせいなのか、果てそう ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第92回

ニッケイ新聞 2013年6月11日  在日の学生の多くは韓国の民主化、祖国の統一を懸命に模索していた。「北であれ南であれわが祖国」という思いを彼らは抱いていた。分断国家が統一され、確固たる国家が建設されれば、日本人の差別から解き放たれると考えている在日も少なくなかった。  帰化している美子に身の置き場がないのは当然だった。その話 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第93回

ニッケイ新聞 2013年6月12日  児玉と寝る時だけは、コンドームの着用をうるさく言わなかった。その理由を知ったのは、付き合うようになってしばらくしてからだった。彼女と食事をした後、テレーザは錠剤を服用した。 「いつも何を飲んでいるんだ」 「ビタミン剤よ」  児玉はその言葉を疑うことさえしなかった。  トニーニョは自分の寝室に ...

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