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連載小説

連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第72回

ニッケイ新聞 2013年5月11日  日系人が多く加盟している農業組合はコチア産業組合で、コチアには日系人に限らず一般のブラジル人も会員になり、ブラジル最大の農業組合に成長した。もう一つは南伯農業組合で、この組合はサンパウロ州、パラナ州の日系人会員が多かった。  南伯農業組合は児玉が住むトレメ・トレメの目と鼻の先にある。トレメ・ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第71回

ニッケイ新聞 2013年5月10日  そのアミノ布団店の入口横にある螺旋階段を上がった二階に受付があった。学校の名前はエスコーラ(学校)・デ・ソロバンで、フロアをいくつかに区切り教室として使っているのか、講義する声が聞こえてきた。昼間は算盤を習いにくる二世、三世の子供たちで教室は埋まるが、夜間は日本語を学ぶ日系人や児玉のような新 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第70回

ニッケイ新聞 2013年5月9日 「それがどうだっていうんだ。何年付き合っていても信頼関係が結べないことだってあるんだ。付き合った年数なんか問題じゃない」 「本気なの」 「こんなこと冗談で言えるか」怒った口調で小宮が言い返した。 「だって私たちまだ知り合ったばかりよ」  叫子は涙声になっていた。叫子は結婚には絶望的になっていた。 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第69回

ニッケイ新聞 2013年5月8日  叫子がソファを立とうとした。小宮はそんな叫子の腕を取って引き止めた。その弾みで叫子がソファに転げるように倒れかかった。小宮はそのまま叫子を抱き受け止めた。叫子が小宮の顔を見つめた。 「帰るな」  小宮が強い口調で言うと叫子は黙ったままうなずき目を閉じた。叫子を強く抱き締めて唇を重ねた。小宮は彼 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第68回

ニッケイ新聞 2013年5月7日 「わかった、と言ってもそんなに大したものは作れないからあまり期待しないでね。作っている間にシャワーでも浴びてきたら」 「そうさせてもらう」  小宮はバスルームに入って熱いシャワーを浴びた。タバコの煙が染み込んだ髪をシャンプーで洗い流し、あぶらぎった顔を何度も洗った。心地好い疲労感が体全体に広がる ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第67回

ニッケイ新聞 2013年5月4日  数時間すると多少いたんだものも出てくる。そうするとフェイランテは少し値を下げる。その頃を見計らって買い物に来る客もいる。最後まで売れ残ったものはそのまま道路に廃棄処分され、路上生活者やファベイラと呼ばれる貧民街で暮らす人たちが持って行く。  フェイランテの言葉に叫子は「安くしてくれないなら他の ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第66回

ニッケイ新聞 2013年5月3日 「何、お飲みになります」 「オールド8を頼むよ」 「わかりました」  オールド8はブラジル国産のウィスキーで、口当たりも日本人好みで、どこにいっても小宮はこのウィスキーを飲んでいた。その晩は客もそれほど入らなかったせいか、叫子はずっと小宮のテーブルに着いていた。アルコールが進み、小宮は何故ブラジ ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第65回

ニッケイ新聞 2013年5月1日  それは意識して事実を隠そうとするのとは違っていた。出身地を聞かれることに、未だ癒されない古傷に塩を擦り込まれるような傷みを覚えた。  叫子は小宮の言葉など耳に入っていないのか自分のことを語った。 「真剣に考えた末に移住を選択したわけではなかったの。もうどうでもいいというか、半ば諦めていた」 「 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第64回

ニッケイ新聞 2013年4月30日  この実を一度水にさらし、表皮を取って乾燥させたものが白胡椒になり、そのまま表皮ごと乾燥させれば黒胡椒になる。 「忙しい時は、実を踏みながら台所で夕飯の用意をしたこともあったよ」  彼女も必死に働いたが、聖ステパノ農場の崩壊を食い止めることはできなかった。結局、彼女がトメアス移住地にいたのは一 ...

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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第63回

ニッケイ新聞 2013年4月27日 「他の子供がどんな暮らし方をしているかなんて、まったくわからなかった。今でも沢田先生のことはママだと思っているけど、ママや保母さんと本当のお母さんは違うんだってわかったのは、小学校の高学年になってからのことよ」  サンダースホームには、第一期、二期の入園者が小学校に入学する頃、朝鮮戦争で日本に ...

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