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連載小説

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(209)

 台所には出始めたばかりの使いやすく便利だが、値段のはるフィエル社のほうろう製の食器棚、そして、応接間には日本人家庭ではあまり目にしない肘掛け椅子がおいてあった。客を楽しませるために、ラジオ受信機に接続した卓上レコード・プレーアーがあった。プレーヤーの前面には音の調和を示す光が緑色に光っていた。高級雑誌の広告に出たこのラジオプレ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(208)

 まず、正輝は隣人や同業者と顔見知りになろうと考えた。隣近所の人はみんなマニール氏の借家人だった。そのあと、中心地に向って歩いていくと、200メートルほど先に洗濯店を見つけた。「オリエンテ洗濯店」という沖縄出身の上原という人の店だ。自己紹介すると、上原氏は自分の店や設備品を見せるという。幸いなことに正輝はそれほど嫉妬深くなかった ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(207)

 期日までに仕事を仕上げる。それは意志と努力と運によった。とくに、運はその時の天候が大きく影響した。彼らは太陽だけが頼りだったのだ。当時タービンとよばれた遠心利用の絞り機をもっていなかった。つまり、乾燥機がなかったのだ。だからお客さんの要望に応えるのに、天気の良し悪しに左右されたのだ。意志と努力は自分たちでどうにかできた。しかし ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(206)

 けっきょく、新しい家でのはじめての食事は房子が出発前にアララクァーラでつくって旅行中ずっと膝に抱えてきた弁当で間に合わすことになった。みんなが腹を満たす量はなかったが、空腹をごまかすことはできた。  ドン・ペドロ・プリメイロ大通りはまだアスファルトが敷かれていなかったが、バスは通っていた。ピレス区とルジッタ区からくるバスが家の ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(205)

 引越し荷物は多くはなった。ガスレンジはまだなかった。家族が少なかったころから使われていた古いベッド、台所用品、衣類など。値打ちあるものといえばジャカランダ材のテーブル、食器棚つき戸棚だけだった。この戸棚は20年ちかく使われ、移転するたびに運ばれたのに、疵ひとつなかった。また、引越し後しばらくの間、困らないように房子が何ヵ月もか ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(204)

 そのころ、稲嶺盛一の次男ジョアン・セイミツがセナドール・フレイタス街881番で洗濯店をやっていた。「サンジョゼー洗濯店」という名だが、その店を譲りたがっていた。それで、値段も手頃だということを父に報告した。もしそうなれば、店から1・5キロほどのピレス区のドン・ペドロ・プリメイロ街1321番に、家族が住める広くて新しいレンガ造り ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(203)

 もっと重要なのはこの道は、銅像広場とコロネル・アルフレッド・フラッケル街を結ぶ道で、そこを通りほかの区に行ける。また、カプアーヴァ地域やマウア、リベイロン・ピーレス市に行くにもここを通らなくてはならない。その上、松吉家にとってもう一つ都合のいいことがあった。店の後ろが住宅になっているのだ。店の横にドナ・マリア・ガイアルサという ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(202)

 第12章  都会にて  もし、サンパウロかその近郊に住んでいたら、正輝と上の二人の息子は「飛び魚」を迎えにコンゴニァス空港まで行き、パカエンブ競技場でブラジルの水泳選手たちとのコンペチションを観ることができただろう。記念すべき行事にいけなかったことが悔やまれたから、都会に移ることを急いだのかもしれない。  正輝はアララクァーラ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(201)

 「飛び魚」が到着した1950年3月4日ほど、コンゴニアス空港に大衆が集まったことはない。6000人以上の日本人、その子弟そしてブラジル人が迎えに出た。10年前、戦争が始まって以来、はじめて自由に、喜び溢れて集合できたのだ。日系社会に出回っていた雑誌「読み物」はタイトルにこの時の様子をこう記した。「燦々たる日伯の金字塔」彼らは胸 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(200)

 夕食のあと、みんながまだジャカランダのテーブルにいるとき、話を切り出した。今回は質問とか提案ではない。ツーコが勉強をつづけるべきだとはっきり宣言した。ブラジルでは女の子も勉強する義務があり、その子たちと同じ条件をツーコにも与えるべきだ。マサユキはまだ14歳の少年だが、どうどうとした態度が父を驚嘆させた。下の子どもたちは兄の態度 ...

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