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連載小説

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(95)

 正輝夫婦は樽の頼みを、躊躇せずひき受けた。困難にある縁者への援助は、先祖への功徳である。名を汚さない行為は沖縄の最も重要な道徳観で、ブラジルでもこの道徳観はひき継がれていた。5~6年前、姪のウサグァーが移住し、ルセリアに向う途中、タバチンガを訪ねてきたときに顔をあわせていた。その姪がいま最悪な状態にあるのだ。だから、その家族を ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(94)

 政治家の多くは軍人たちの意見に感化され、東アジアの共通的関心ごとは日本、中国、満州を一独立国と解釈し、軍事、政治、経済、文化面において新しい秩序のもとに、連結されるべきだと考えていた。暗黙の理解により、当然、この統率者のリーダーは日本だと解釈されていた。1938年、日本政府はこの案件を発表した。  ただし、この時点では野心的な ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(93)

 だれしもがその水が生産物に不可欠なものだと肝に銘じていた。オウロ川の左岸の石切り場の少し先に設けられた灌漑システムの水門を500メートルほどいった下流が、排泄物でひどく汚染されていることを知っていたからだ。そこには処理されていないアララクァーラの町の下水が排出されていた。そこから先は釣り人の姿がないのは、魚が生存していないから ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(92)

 土地の大部分は綿作に当てられていたが、他の家族が別のものを植え付けられる土地がいくらでもあった。田場氏は正輝家族のほかにも沖縄出身の上原一家にも土地を提供していた。また、彼は正輝にすばらしい家を用意してくれた。1930年おわりごろの農村の家屋の水準をはるかに超えたりっぱな住宅で、住み心地も最高だった。建築面積が約100平方メー ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(90)

 グァタパラー耕地で覚えたピンガを飲む習慣を正輝はやめることはなかった。「一口のピンガ酒を飲むこと」をカボクロは「mata-bicho」とうのだが、彼もそう呼びはじめ、正輝は完璧に発音できたのだ。  家ではいつも、「モロン・ドゥンガ(Morrao Dunga)」という名のピンガを飲んだ。レッテルにしわくちゃの小人の顔が描かれた絵 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(89)

 大陸への侵出は日本政府の力関係を掌握したいという軍人首脳部にはまたとない機会となった。1932年2月、満州侵略に異議を唱える元大蔵大臣井上準之助を殺害した。同年5月、東京の電力発電所、銀行、ある党の本部、その他のビルを襲い、戒厳令を発布させようと混乱をおこした。最大のテロ行為は内閣総理大臣犬養毅の青年将校たちによる殺害だった。 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(88)

 町には医療施設が完備されているので、正輝夫婦の心配はなかった。タバチンガで経験したようなことはここでは起きない。あのころよりずっと多くの日本人や沖縄人が住んでいる町の日常は正輝には居心地がよかった。たとえば、高橋先生のような人たちに自分のもっている知識を詳しく話すことができた。  日本のニュースはアララクァーラには遅れて伝えら ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(87)

 マサユキは責任、義務について少しはわかる年になっていた。まだ幼いので時間はかかったが、母の教えを少しずつ身につけていった。それは房子には心丈夫なことだった。その考えが理解できれば、弟たちの手本になれるだろう。それはどこの日本人家庭でも同じだ。長男は下の兄弟たちの手本になるものなのだ。  外国人はそうした日本人家庭の価値観は理解 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(86)

 アイスクリーム屋をはじめて一年半のちに、3番目の子が誕生し、家族は喜びにあふれた。房子の出産を手伝うのは3度目だから、正輝はプロの産婆ぐらい機敏に働き、お産の助手として最高の腕を見せた。ナオシゲと名付けたのだが、あの奇妙な幼児の呼び名をかえるやりかたで、ヨーチャンという名でよんだ。(ヨというはじめの音節はパウケイマード耕地で生 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(85)

 夜にはタバチンガからもってきたジャカランダのテーブルを囲んで正輝は友人と話せたし、歩いて仲間のところに行けたし、人生や方針や故郷について心おきなく話すこともできた。日本をでて以来こんなに友情を強めたことはなかった。元一はその人柄ゆえに、アララクァーラの沖縄人からだけでなく日本人からも一目おかれていた。他の日本移民の集団地とちが ...

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