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2012年

第4回=外食増えた? ブラジル人の食生活=米国で知る日本食ブーム

ニッケイ新聞 2012年6月19日付け  【久慈】売り上げを見ても絶対にそれはいえる。高い商品を置くレストランが増えた。04年、リベルダージで「南部美人」を置いてくれる店はないと思った。でもその店ではなく客層が変わって、酒を選ぶ人が増えたのではないかと。  —つまり色んな日本酒を飲んでみたいという人が増えてきたと。  【久慈】我 ...

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日本に戻るか定住か=デカセギ大量帰伯世代=(3)=「母弟を呼び寄せたい」=ワケありの父とイジメ

ニッケイ新聞 2012年6月16日付け  「私がこっちで頑張って受け入れ態勢をつくり、日本にいるお母さんと弟を早く迎えに行きたいんです」。2月初めにミナス・ジェライス州都ベロ・オリゾンテ市であった日本祭りのブースで、通訳ボランティアとして働いていた15歳の女の子Aさん(匿名希望、三世)は、切実な表情でそう言った。  記者が日本生 ...

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第3回=米国での酒普及の難しさ=天ぷら、パステルと牛丼!?

ニッケイ新聞 2012年6月16日付け  —久慈さんは「南部美人」の普及・販売のため毎年世界1周し、今まで21カ国廻られた。独自の日本酒文化がある国はあるんですか?  【久慈】アメリカでは早くからカリフォルニア酒を作ってましたし、台湾には独自の日本酒文化がある。でもやはりブラジルは特殊中の特殊で、東麒麟があるからお前はいらないよ ...

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第2回=ブラジル独自の戦略は=米国とヨーロッパの違い

ニッケイ新聞 2012年6月15日付け  —「キッコーマン」の世界戦略では、非醤油圏と醤油圏に分けると聞きました。ブラジルは西洋文化圏ではあるけれども、日系人が多いがために醤油文化、もちろん酒文化もある。お米も食べる。非常にカテゴライズしにくいのでは。  【森】当初、進出した時は、目玉焼きに醤油をかけて試食デモをしたり、現地の味 ...

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日本に戻るか定住か=デカセギ大量帰伯世代=(2)=金融危機で派遣会社廃業=「日本式サービス広めたい」

ニッケイ新聞 2012年6月15日付け  以前から日本で貯めた資金を元手に、帰伯後に事業を始める人は多いが、軌道に乗らず断念して再訪日するケースも少なくなかった。08年からの大量帰伯時代には、新しい種が芽吹いていないだろうか。   ◎    ◎  北パラナのロンドリーナで美容室を営む、同州マウアー・ダ・セーラ出身の桜井豊さん(4 ...

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第1回=醤油、牛丼、日本酒の雄に=市場開拓現場の声を聞く

ニッケイ新聞 2012年6月14日付け  日本食ブームと言われて久しい。高級なものからテマケリアといった手軽なものまで広がり、2006年にはブラジルの伝統料理を供するシュラスカリアの数を日本食レストランが超えた。名実共に「市民権」を得た格好だが、本場のものとはほど遠いのが現実。そんななか、醤油の老舗メーカー『キッコーマン』、日本 ...

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日本に戻るか定住か=デカセギ大量帰伯世代=(1)=「直ぐにでも戻りたい」=現在も残る未練と迷い

ニッケイ新聞 2012年6月14日付け  2008年暮のリーマンショックに端を発した金融危機の影響で、日本に住むブラジル人労働者が「派遣切り」に遭い、3分の1にあたる約10万人が帰伯したといわれる。その中には既にブラジルに再適応して根を張ろうとする人、決心がつかずに悩んでいる人、日本に戻りたいと手を尽くしている人など様々なケース ...

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国家事業救った8人の侍=知られざる戦後移民秘話=最終回=現場に必要なのは責任感=ブラジル社会に溶け込んだ人生

 30年前の1982年11月5日正午、ブラジル大統領ジョアン・フィゲレード、パラグアイ大統領アルフレッド・ストロエスネルが完成したばかりの堤体の頂上部を両国側から歩み寄り、そぼ降る雨の中を水門の始動ボタンを押すイナウグラソンを行なった。特別に仮設された観覧席には5千人が集まっていた。  ジョルナル・ド・ブラジルによれば、パラグア ...

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国家事業救った8人の侍=知られざる戦後移民秘話=第6回=「まだ帰っちゃいかん」=新たな特命、ダム本体も

 ドゥーーン。腹に響く爆破音が現場に響いた。仮排水路の上流側と下流側の入り口の壁を爆破した音だ。すごい勢いで水が入り込み、一気に20メートルの高さまで水位が上昇した。おかげで浚渫船が激流に流されて沈没するという予想外の事態が起きたほどだった。  雨期開始寸前の10月14日、無事にイナウグラソンにこぎつけた。世界の建設業界から「ブ ...

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国家事業救った8人の侍=知られざる戦後移民秘話=第5回=「あれしかない」秘策考案=世界初のスライド型枠工法

 〃8人のサムライ〃の先陣となった二人がイタイプーの現場に呼ばれたのが78年4月。この時点で工事の進捗状況はわずか5%。それから雨季が始まる10月までに仮排水路を完成させろという不可能に近い特命だった。荒木は当時41歳、袋崎は33歳だった。  「仮排水路」といっても深さ30メートル、幅約300メートルもあり、「仮」とはいえ、これ ...

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