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平野運平 関連記事

平野運平胸像に募金を=静岡県人会が呼びかけ

ニッケイ新聞 2008年3月13日付け  ブラジル静岡県人会(杉本教雄会長)では、六月十八日に静岡県掛川市で除幕予定の平野運平胸像建立費用の募金を広く呼びかけている。  これは、初期移住者のために尽力した上塚周平(熊本)と平野運平(静岡)の功績を称えて、胸像を母県のゆかりの場所に建ててもらうように、〇四年に両県人会の有志によって ...

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100周年記念ガイド=浜松市、2万部配布へ

ニッケイ新聞 2008年2月23日付け  【静岡新聞】日本からブラジルへの移民百周年の記念事業を行う浜松実行委員会は十八日、記念事業のオフィシャルガイド(A5判、二十二ページ)を作製したと発表した。二万部用意し、浜松市役所や同市国際交流センターなどで配布する。  五月三日に浜松まつり会場で行う記念たこ揚げなど、市内で計画されてい ...

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日伯交流元年記念訪日団=御陵墓参、神戸式典にも参加=ブラスヴィア社

ニッケイ新聞 2008年2月22日付け  ブラスヴィア旅行社(石井久順社長)は「日伯交流元年特別御陵墓参訪日団」への参加者を募集している。  旅行日程は四月十八日に聖を出発。東京では大正天皇の多摩御陵、昭和天皇の武蔵野陵に墓参するほか、小泉純一郎元総理を表敬訪問する予定。  静岡県掛川で平野運平胸像予定地、掛川城などを訪問。熊本 ...

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上塚周平伝のポ語版出版=プロミッソン=「ぜひ子供に読ませたい」=18年の入植百年祭に向けて

ニッケイ新聞 2007年12月20日付け  サンパウロ州ノロエステ線プロミッソン市(旧上塚第一植民地)の市立大学で十五日夜、「移民の父・上塚周平伝『荒野の人』」(能美尾透著、ニッケイ新聞刊)のポ語版『O Homem da Mata Salvagem?A Saga de Shuhei Uetsuka』の出版記念会が行われ、市長はじ ...

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〝消えた移住地〟=東京植民地で初慰霊ミサ=ゆかりの200人が先人偲ぶ=最盛期は1500家族も=グアタパラ文協が主催

2007年9月5日付け  移民たちの夢の跡で先人偲ぶ――。一九一五年の入植以来、延べ約千五百家族が開拓に入ったにも関わらず、〃消えた移住地〃となったサンパウロ州モジアナ線東京植民地。その先亡者が埋葬されているモツーカ、リンコン両市営墓地で初めての慰霊祭が一日、営まれた。グアタパラ農事文化体育協会(川上淳会長)主催、仏教連合会の協 ...

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開拓者の霊慰める=平野運平の墓前へ=石川・静岡県知事、焼香、献酒=姉妹提携の話すすむ=カフェランジアと掛川

2007年8月23日付け  「平野運平氏も大喜びでしょう」――。静岡県人会創立五十周年の記念式典などに出席するため訪伯中の県(石川嘉延知事)や掛川市(戸塚進也市長)らの慶祝団一行が二十日、サンパウロ州カフェランジア市にある平野植民地を訪れ、通訳五人組の一人で現・掛川市生まれの平野運平の墓参りをした。地元日本人会の会員らを含め約二 ...

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静岡県人会が50周年記念式典=半世紀の歴史「大きな誇り」=石川知事、デカセギ5万人に言及

2007年8月21日付け  半世紀の節目を盛大に祝う―。ブラジル静岡県人会(鈴木静馬会長)の創立五十周年記念式典が十九日、サンパウロ市の同会会館で開かれた。静岡県知事訪問団(石川嘉延県知事)や掛川市訪問団(戸塚進也市長団長)、ふじのくにブラジル訪問団(奥之山隆団長)の約四十人が来賓で参加。県知事の来伯は二十九年ぶり。県人人会会員 ...

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静岡県人会ことし50周年=知事、29年ぶり訪伯

2007年8月16日付け  ブラジル静岡県人会(鈴木静馬会長)が今年創立五十周年を迎えるにあたり、母県から三つの訪伯団が十七日、着聖する。  着聖するのは静岡県知事訪問団(団長・石川嘉延県知事)、掛川市訪問団(団長・戸塚進也市長)、「ふじのくにブラジル訪問団」からの約四十人。県知事の訪伯は二十九年ぶり。佐野康輔県議会議長夫妻や鈴 ...

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作家・北杜夫さんと独占インタビュー=ブラジル日本移民を書いた長編小説『輝ける碧き空の下で』=2回訪伯=日系人と心温まる交流=訪伯時のエピソードきく

2007年移民特集 2007年6月27日付け  「ブラジルの突き抜けるような碧い空がなつかしい」「弓場農場では蝶のおじさんだった」「移民百周年を心から祝福したい」――。歌人・斉藤茂吉を父に持ち、エッセー「どくとるマンボウ」シリーズなどで人気の作家、北杜夫さんがこのほど、ニッケイ新聞の独占インタビューに応じた。北さんといえば一連の ...

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大耳小耳

2007年5月31日付け  ア・マッシャードの日本人墓地に葬られた七百八十四人中、一人だけブラジル人がいる。同地の五〇年史『拓魂』によれば、一九二〇年に起きた殺人事件の犠牲者マヌエルだ。この事件では彼以外に日本人三人も死亡した。犯人は非日系のカマラーダで、正月元旦の夜十一頃に起きた。あっという間に四人がナイフで刺され、犯人は逃げ ...

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