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本紙記者がのぞいた=亜国日系社会は今―1―=アルゼンチンの仙人=人里離れて40年=75歳の広島県人=人生の切ない終着駅

6月26日(木)

 

 【ブエノスアイレス・堀江剛史記者】アルゼンチンの北方、ブラジルと国境を接し、イグアスの滝を有するミッショネス州。この地に四十年以上に渡って、原始的?な生活を続けている広島県人がいる。現地人からは「JAPON(ハポン)」と呼ばれているその老人は一九二七年生まれの赤尾辰巳さん。地元邦字紙らぷらた報知などに掲載された記事などによると、少々常人の域は越えてしまっているようだがー。今年七十五歳を迎え、今もジャングルの中で孤高の生活を続けているミッショネスの仙人。その状況の改善と日本側との折衝に尽力してきたアルゼンチン拓殖協同組合(山田ホルヘ会長・以下、亜拓と略)関係者に話を聞いた。

 「いや、どうするのが一番いい方法なのか。もう本人にしか分かりませんよね・・・」と諦め顔なのは、赤尾さんを日本に帰国させようと奔走した亜拓の渡辺謙理事だ。
 九九年六月、らぷらた報知にある記事が掲載された。「山奥の住む日本人仙人」「自然を友に孤独な暮らし」という見出しで、地元ローカル紙「EL TERRITORIO」の記事に翻訳、解説を加えたものだ。
 記事によると「窓のない薄暗い雑草に囲まれた茅屋」「マンジョーカや芋や玉ねぎ、蛇の肉や魚粉を常食とする孤独の生活」、一枚の板を渡しただけのベッドの下には「いつも死んでもいいように」手製の棺桶が置かれていた、と書かれている。 
 その記事に対して、同州に住む唐沢利充、大高ロベルトの両氏が投稿記事が掲載された。現在でも二、三カ月に一度は同地を訪れている二人の投稿によると、赤尾さんは一九五六年に亜拓の呼び寄せ移住計画に応募し、来亜している。 
 「原始林伐採から、マテ茶の苗の植え付け、約十町歩を一人で開拓してきた」のだという。その結果「精神状態に異常をきたしたのでは」と投稿文は推測している。    
 同時期に同地を訪れた亜拓現地通信員の連絡文には「現今では考えられないような、トタン屋根のあばら屋があり、ようやく雨をしのぐという季節労働者の小屋か開拓初期を思わせるような、仙人生活が展開されていました(以下略)」と報告がある。
 その通信員はその老人が亜拓を通して、アルゼンチンに移民していることを本人から聞き出したうえで「同人は旅券も当国の身分証明書も持っておらず、日本の官憲の措置を云々しております、亜拓なり領事館なりで調べ、親族への連絡をお願いしたい(原文ママ)」と締めくくっている。
 亜拓は最初に、在アルゼンチン大使館に邦人保護の依頼をしたが、なしのつぶて。業を煮やして、直接赤尾さんの出身地、広島県深安郡神辺神辺町々長宛に手紙を出している。
 兄弟親族に実情を知らせ、救済意志の有無を確認するためであった。
 「日本に帰国させたい」と頻繁に手紙を送ってきた親族側も日が経つにつれ、次第に反応が鈍くなっていったという。     「まあしょうがないのかも・・・移民で来た四十年ジャングル暮らしの親戚がいるって今更言われてもねえ」と話すある理事。
 現在、赤尾氏は日本側や在亜広島県人会から送金による新居に住んでいるというがー。 
 実際に現地に赤尾氏を訪れた福間利治理事は「日本には帰りたいようですね。飛行機が通ると、『迎えが来た』といって外に飛び出したりね」
 広島県人である福間理事は同郷のよしみから、広島の思いで話なども試みたが「広島は暴力団がいて、住めない。毒ものまされた」などと話はすぐに混乱し、会話は難しいようだ。 
「本人は少しおかしくなっているようだけど、穏やかな顔をしとるんですよね。まあ、仏さまのようですよ。それ見るとねえ、わざわざ日本に帰さんでも、ええんじゃないかとも思うんだけど・・・」と苦笑いがもれる。
 本人以外に亜拓が心配するのは、数カ月に一回現地を訪れている唐沢、大高両氏のことである。
 「七十を越えた二人が、舗装も悪い往復三百四十キロを通うのは、体力的にも限界」現地邦人の苦労を慮る。
 現在では、現地の人に身の回りの世話をしてもらっている状態で「どこかの施設に入れるのも現実的に難しいでしょうね」と困り顔の渡辺理事。
 山田会長も「難しい問題やけど、迷惑しとる人もおるっちゅうのは具合が悪いわなあ」とやるせない。
 ミッショネスの仙人、赤尾辰巳。どういう思いがその心の奥底にあるのかは,誰にも分らない。ただ、人生の執着駅をジャングルに求めた一移民の姿がそこにある。

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