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この不景気の出口はどこに=ブラジルが魁聖なら日本は豪栄道?=駒形 秀雄

 「やあ、元気ですね。景気はどうですか?」―しばらく前まではニコニコしながらこんな風に友人との会話が始まりました。ところが今はいけません。周りはどちらを向いても冴えない顔ばかり、「どこどこは金が無い。支払いが滞っているから気をつけろ」「俺の身内が職をなくしてブラブラしてるんだ。何か良い働き口はないか?」こんな類の話題ばかりです。
 去年、大統領をはじめ偉い議員さんの選挙の時は「インフレは全くありません。皆さんの収入を増やし、皆が自分の持ち家に住める幸せな世の中にします」「ブラジルはBRICsの一員で、世界の一流国の仲間入りをしました。みんな誇りに思って下さい」という「おいしい話」をたくさん聞かされました。
 それでこちらもつい、「そんなもんかね」といい気になって居たものですから、今年になってからの不景気風は、最近厳しくなった寒気よりも、いっそう身にこたえます。
 今年になって、政府が決める電気、水道、ガソリンなど生活必需品の値段は引き上げられたが、収入は増えない、金は詰まる。「一体この国の経済はどうなっているんだ。選挙中に約束していたあの話はその場限りの方便だったのか」「大体この不景気は何時まで続くんだ。今の寒気の様に一時過ごせばまた暖かい春が来るのか」。全体の状況が分らない市民の不安はつのり、悩みは増します。
 それで今日はその答えを求めて、「今ブラジルの経済はどうなっているのか? これからどういう風に動いていくのか?」を皆様と一緒に検討してみたいと思います。

中々厳しいブラジル経済

【表1】ブラジル国内総生産(GDP)成長率
年度 GDP 成長率
2010 7.60%
2011 3.90%
2012 1.80%
2013 2.70%
2014 0.10%
2015 (-)1.0% (予測)
2016 (+)1.0% (予測)

 日々の生活を通じて私達が肌で感じているブラジルの経済を大きな眼で見てこれを数字で示すとどうなるのか? 添付の表をご覧下さい。「表1」では国内総生産(GDP)成長率は年を追うごとに低いほうに向かっています。本当は去年あたりはもうマイナスの成長だったのですが、選挙宣伝に隠れて国民はそのことにあまり気付かなかったのです。
 また、政府、与党は景気が下がって国民の支持が下がるのを恐れて無理な対応策も講じました。かかるコストを無視して公共料金を抑えたり、自動車生産を維持するために、車に掛かる税金の減免策を何回も延長しました。
 そして十分な収入の無い人にまで「押し込み販売」のようにして車を売らせたのです。他方公務員給与など支出は減らせません。当然支出が収入を上回ることになりますが、それを借入金などでカバーして遣り繰りして来たのです。
 でも、そんな「借金頼み」を何時までも続けられないことは明白です。無理の積み重ねは後にウミの様に出てきて、それが今の不況に繋がっているのです。去年から今年にかけてインフレと金利は上がり、販売と生産は下がる、「表3」経済の循環(スパイラル)が下向きに廻りだしたのです。

関係各国の相撲見立てると

【表2】ブラジル主要経済指標(対比)
項目 2014年5月 2015年5月(予測)
インフレ 3.69% 8%-9%
金利(SELIC) 11.00% 14.00%
為替・ドル R$2.24 R$3.18
乗用車生産 315万台 258万台
経済成長率 (+)0.1% 0%-(-)1.2%

 出口の見えない不景気の話しばかりしていては息が詰まります。ここで一寸寄り道して、話題の「国」を相撲の「人気力士」に見立てみましょう。
 まずブラジルです。この国は大きな国土と立派な資源はある。しかし何かが足りなくて中々世界の一流クラスに入れない。「表3」これは立派な体格に恵まれているのにここ一番と言う時に力が出ず敗退する「魁聖」に似ています。私共の「ガンバッテ!」の声援が聞こえないのか、幕内中位を上がったり下がったり、何とももどかしいブラジル人「魁聖」ですね。
▼相撲界の第一人者で、種々の大記録を更新している「白鵬」。これは誰が考えても「米国」でしょうね。経済力、軍事力、何をとっても世界一の実力者です。白鵬、米国ともに話題の主役ですが、何か最近、陰りが見え隠れのようです。
▼このところ発展目覚しい中国はどうでしょう。今度大関になった「照の富士」が似合います。ガタイ(国土・人口)はあるし、やる気も十分。急成長してるところ、そのうち横綱を狙いそうなところ、これも「あたり」でないでしょうか。
▼最後に我等が期待の「日本」には誰がふさわしいでしょうか? グループ内の地位などから大関「豪栄道」あたりはどうでしょう。体(国土)が大きくなくて苦労してますが、根性と技能で優勝争いにも加わっています。天与の条件に恵まれた外国人力士に負けず活躍願いたいですね。

ではどうすればよいか

【表3】各国経済力(GDP)対比 (2014年 単位・億ドル)
国内総生産(GDP) 一人当たりGDP
順位 国名 金額 順位 金額
1 米国 17.418 10 54.596
2 中国 10.38 80 8.589
3 日本 4.616 27 36.331
4 ドイツ 3.859 18 47.589
5 イギリス 2.945 19 45.653
6 フランス 2.846 20 44.538
7 ブラジル 2.553 61 11.604
8 イタリア 2.147 28 35.823
9 インド 2.049 145 1.626
10 ロシア 1.857 58 12.925

 さて、本題に戻って「ではどうすればこの国は良くなるのだろう。何か突破口はないものだろうか」これを考えて見ましょう。
(1)ブラジルの景気が悪くなった原因のひとつにこの国の主要輸出品目、鉄鉱石、農産物などの輸出不振があります。鉄鉱石は2011年、トン当たり167ドルだったのが今60ドルと半分以下に値下がりです。
 大豆やトウモロコシの価格はそれほど下がっていませんが、輸出量が減っています。これは世界景気停滞のせいでジウマさんが悪いわけではないのですが、国に入ってくるお金が少なくなるのは変わりありません。
 ですから世界景気が好転してこれらブラジル産品の単価、数量が上がってくれればブラジルの景気もたちまち良くなる理屈です。(でもこれは「他人任せ」ブラジル人らしい解決法だねと言う声が上がりました)
(2)もう一つはまともな解決策です。収入(税収)を増やし支出(公務員給与、公共工事など)を減らし、国の財政を正す。こうして条件を整えて内外からの投資を呼び込めば、国の経済は上向きに回転し、景気は良くなる、というものです。
 これは日本の安倍政権でも似たような政策をとり、今、景気は上向きに変わったと言われています。エコノミスト、有識者も支持しているようです。ただ問題はブラジルでこれがキチンと実行出来るか、です。「辛抱して働きなさい、お金は無駄使いせず、貯金に回しましょう」などと言っても、金の心配のない美男美女が楽しく過ごしているTVドラマに慣れ親しんだ大衆がどこまで付いて来てくれるか、です。緊縮政策に反対してヨーロッパ連合から村八分にされそうなギリシャの例もあります。
 政府や議会の上手い運営が必要です。(これについては政府の広報が足りない。政府は「いま少しの辛抱だ、ここを切り抜ければ暗いトンネルの先の出口が見えてくる」と国民に良く説明し納得させればよいんだ―と、これは実業家Fさんの意見でした)
(3)現状八方ふさがりのようなブラジルですが、それでも明るい材料があります。それは農牧業です(と、これは農牧業に詳しいNさんのお話です)。確かに工業は昨年マイナス1・2%の成長(縮小)でしたが、農牧業は0・4%ながらプラス成長でした。Kさんによれば農牧業は不況ではない、と言うのです。
 牛肉について調べてみると、ここ14年間で8億ドル弱だった輸出額が昨年64億ドルと8倍にも伸びています。
 これはブラジルの牛肉が輸入国の規制(病原菌など)をパスしたことと、世界の生活水準が上がって肉を余計食べるようになった、需要が増えた、のが説明なのだそうです。しかも使える牧場の面積、飼料(草)などの関係から、今後増大する世界の肉需要に応えられるのはブラジルほかほんの数カ国だけだから、供給国は限られる、基本的に有望業種だというのです。
 これは食用鶏(ブロイラー)などにも言えることで、ブラジルは食用鶏輸出世界一、牛肉は米国に次ぐ生産国です。「なるほど、やっぱりブラジルは生来恵まれた国なんだ」と気付かされる次第です。
 私達はここブラジルを新天地と定めて、希望を持って渡ってきました。良くも悪しくもこの国でガンバッテ活動して来たのです。一時の不況ぐらい「何のこれしき」くじけてはいけません。子弟の将来のためにも、戦後70年、立派に国を再興した同胞諸兄に恥じない成果を挙げたいものです。
 幸い、この国は神の恵みに溢れた国、基盤はあります。O PAIS ABENCOADO POR DEUS――トンネルの先の光が見えてきます。( komagata@uol.com.br