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中島宏著『クリスト・レイ』第82話

 上塚が新たに植民地を創設するという話があちこちの地方の日本人移民たちに伝わると、多くの希望者たちが競うようにして集まって来た。その中には、今村の隠れキリシタンの人々も含まれていた。前述したように、この時点での移民たちは、まだ余裕などなく、分譲地であるにしても、それを即金で払えるという者はほとんどいなかった。そういう厳しい状況か ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第81話

 入植者たちの支払い能力を上げるにはまず、彼ら自身が何らかの利益を毎年挙げていかなければ、無理な話ということになる。だが、特にここの場合は、そのほとんどが大した経験もない、半分は素人のような農業者たちばかりであってみれば、最初からそれを期待する方がおかしいというべきことだったかもしれない。  事実、植民地としての形が整って、それ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第80話

当時の日本では、同じような発想のもとに、朝鮮や中国への進出の流れが大きくなっていたが、上塚の考えは、世界というものを相手にするのであれば、それはアジアに限定するのではなく、もっと広く、ある意味ではもっと将来性のある西洋の文明が支配する国々に進出すべきだというものであった。そして、その実現の可能性があるのは南米なのではないか。それ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第79話

 この植民地は、プロミッソンの駅から四キロ辺りの地点から始まり、ボン・スセッソ、ゴンザーガ、ビリグイジーニョの地区にまたがる、約一千四百アルケール(約三千四百ヘクタール)の土地であった。その大半が高地に位置し、平野植民地のような湿地帯はなかった。ゴンザーガ地区には部分的に低地があったが、そこは小川が絶えず流れ、水が淀んで湿地帯を ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第78話

 しかし、契約して来ている以上、今さら破棄することもできず、まして日本に帰ることすらできない。そこのところをどうしてくれるか、というのが人々の抗議であった。だが、上塚にしてみれば、単なるブラジル現地での代理人にすぎず、彼自身、何の権限も決定権も持っていなかった。怒り狂う移民の人々に対して、皇国殖民会社の立場の人間としてはただひた ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第77話

 享年三十四歳という、誠に早過ぎる死であった。 ただそれでも、この植民地の企画者で、稀に見る指導者であった平野運平の死後も、この植民地は消えることなく存続していき、一九三0年代には組合組織も出来、往年の悲劇の植民地というイメージは払拭されていった。  ノロエステ鉄道の沿線には、カフェランジアの先にも、次々と日本人移民の植民地が造 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第76話

 やっと手に入っても、満足するような量はなく、おまけにその価格は驚くほど高いものであった。しかし、背に腹は代えられず、とにかく入手できるものはすべて購入し、マラリアに罹った人々に与えた。それによって小康状態を保ち、徐々に回復して行く人々もいたが、それでも犠牲者の増加は後を絶たず、結局、このままでは大半の者が犠牲になりかねないとい ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第75話

 喜び勇んで湿地帯の開拓に挑んで、米作を実施していった移民たちは、その一帯にブラジル人たちが誰一人住んでいないことに気が付くこともなく、そこに疑問を感じることさえも一切なかった。ここに入植した日本人たちは、競うようにしてこの湿地帯に家を造り、そこに住み着いていった。そして、そのことが結果として致命的なものとなった。  開拓が始ま ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第74話

 そこには、日本人たちの特別な思い入れがあった。 「ここであれば、大量の米を作って存分に収穫することができる」  それが、この平野植民地に入植してきた人々の共通した考えであった。  日本人の場合、農業といえばまず、米作りであった。米を作っていれば、自分たちの勝手知った作物でもあり経験度も高かったから、それを成功させる自信があった ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第73話

 この平野植民地は、第一回移民の時に通訳として移民たちと共に現場であるブラジル人農場に入り、彼らと苦労を共にした平野運平という人物が、独立自営の集団植民地として開拓を始めた所である。  笠戸丸で、集団としての日本人移民たちが初めてサントス港に着いたのは、一九0八年の六月一八日であったが、この時の七百人余の移民たちは、その大半が、 ...

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