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日本移民110周年は目前だ! (連載2)=できればマリリアにもご来訪を

三笠宮同妃両殿下がご訪問されたマリリアの公園(梅崎嘉明さん提供)

三笠宮同妃両殿下がご訪問されたマリリアの公園(梅崎嘉明さん提供)

 次の節目である日本移民110周年まで、あと1年と8カ月になったが、まだ記念事業の計画は聞こえてこない。日本から皇室をお呼びし、大きな事業をするのであれば、遅くとも1年前には大筋が決まっていないと難しい。本来なら、この年末、遅くとも来年前半が勝負時のはずだ。
 世紀の節目だった日本移民百周年から8年が経ち、日伯外交樹立120周年を無事に終えたことで、サンパウロの日系5団体には「しばらくは大きなことをやらなくて良い」「文協大講堂で式典をやれば十分」という空気が漂っていないだろうか。
 でも前節で紹介した通り、地方日系社会は実質3分の1になっている可能性がある。ただ単に記念式典をやればよいのではない。150周年、200周年を祝えるような日系社会にし、日本的な良さをもってブラジル社会に貢献するための戦略を練る必要がある。
 そんな中、110周年に唯一と言って良い強い気概を見せているのがノロエステ連合日伯文化協会(安永信一会長)だ。昨年に秋篠宮同妃両殿下がご来伯されたすぐ後から行動を起こし、「110周年時にはぜひプロミッソンにご訪問を」と招待状を出した。それの動きにガッチリと組んでいるのが「聖州日系地方団体代表者の集い」(山村敏明呼びかけ人)だ。
 全回で紹介したB、Cレベルの団体が多いと想像される地方部を再活性化させる機会として、110周年で皇室をお呼びすることを考えていると聞き、実に頼もしく思った。
 リンスには移民50周年時、1958年に三笠宮同妃両殿下がご訪問された。その時、勝ち負けの諍いを越え、皇室歓迎のために作られた歓迎委員会が、現在のノロエステ連合結成につながった。
 そのすぐ隣のプロミッソンに110周年時に皇室ご訪問をとノロエステ連合は祈念している。上塚周平植民地から始まった町だ。ノロエステ線には1939年現在でなんと9500家族、約5万人も日本人が住んでいた。一番古いレジストロ地方が〝移民の揺りかご〟なら、ここは〝日本移民の故郷〟だ。ここからサンパウロ市に巣立った二世、三世は20~30万人に上る。
 にも関わらず1958年以来、皇室のどなたも訪問されていない不遇の地でもある。今回、ノロエステ連合が早々と招待状を出したのは、まさに英断だった。そんなノロエステが「主たるご訪問先」だとしても、時間に余裕があれば、ぜひ足をお運び頂きたい場所が、もう一つある。パウリスタ線の中心都市マリリアだ。
 ここには三笠宮同妃両殿下が1958年にご訪問された記念公園がある。『汎マリリア三十年史』(同刊行会、1959年、中村東民著)によれば、同年6月22日午前10時55分に空港にご到着された時、3千人が日伯国旗をもって歓迎した。ご一行に随行せんと約500台の車が市内まで延々と続き、歓迎祝賀会場には2万人の市民が集まった。殿下の挨拶が終わるや、《二万の群衆中、特に日系人は感激の極に達し拍手はしばし鳴り止まなかった》(同76頁)とある。
 ちなみに汎パウリスタ連合会も、1967年の皇太子ご夫妻(現天皇皇后両陛下)のご来伯を記念して68年に結成された。
 三笠宮同妃両殿下がイッペーを植樹されたこの公園を6月頃、梅崎嘉明さんが訪ね、「奇麗になってましたよ」と写真を撮って見せてくれた。改めてここを整備し「記念モニュメント」を設置して、110周年記念事業としてお迎えしたらどうか?
 ノロエステ連合もパウリスタ連合も、日本語の優秀者を選ぶ大会を開き、1位の子供の発表を皇室に見ていただくとか、両線が誇る和太鼓チームの演奏披露をするとか、若者の日系活動参加を催す機会にできないだろうか。(つづく、深)

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