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ルーラはいつ刑務所に入る?=司法相手に必死の生き残り策=サンパウロ市在住 橘 かおる

HABEAS CORPUS 人身保護の請求

 官憲などの権力で個人の移動の自由が束縛されかねない場合、これを一時差し止め、自由を保つ権利の請求。人身保護令。語源はラテン語


 

南大河州で選挙キャンペーンをするルーラ候補(23/03/2018, Ricardo Stuckert)

南大河州で選挙キャンペーンをするルーラ候補(23/03/2018, Ricardo Stuckert)

 有力政党PT(労働者党)の創設者で、今年、10月選挙の有力候補者でもあるルーラ氏の去就が国内外の注目を集めています。
 それはルーラ氏が多数の不正や汚職の容疑で訴追を受け、また、有罪との判決を受けながら未だに逮捕もされず、自由に自分や自派の賛同者確保のため全国各地を走り回っているからです。
 一般庶民は裁判所で有罪とされれば小さな罪でも直ぐに刑務所に入れられるのに、ルーラ氏(以下敬称略)のような偉い人になると、いつまで経っても刑が執行されず、あちこち飛び回って、時には政府の批判までしている。
 これはおかしいのじゃないか。説明によればまだ裁判結果が全部確定した訳ではないので、それまで収監はないのだと言う。裁判は去年からやっているのに、一体この国の裁判制度というのはどんなになっているのか。
 当然の疑問が生まれてきますね。と言う事で、今回は「ルーラの命運」「裁判の一端」を皆さんと一緒に点検してみましょう。

▼何が罪に問われているか?

 ルーラはこの国の大統領を8年間も務め、また有力与党PTの党首でもありました。当然大きな権限と、政治経済についての強い影響力を持っていました。
 それで今、この権力、影響力がらみで不正があった、国に損害を与えた、として訴えられ、裁かれている訳です。
 話題になっている「罪状ー疑惑」を一部挙げてみましょう。
★収賄(便宜供与の報酬として不当な利益を得た)
★資金の不正運用、洗浄(裏のカネをウラで回した、税金払わず)
★警察などの捜査妨害
★犯罪組織の結成――などなどです。
 上記の犯罪については既に有罪と判定されたもの、起訴を受けて現在裁判中のもの、検察、警察で証拠取調べ中のものなど、両手の指で数えられないほどの件数がありますが、その内の一部を挙げて見ると――
★アチバイアにある高級別荘の入手
★スエーデンから導入する空軍戦闘機の契約
★開発銀行―BNDESの不正融資斡旋――などです。
 ここではそれらの案件の中で一番処理手順が進んでいるグァルジャーの豪華マンションの例を挙げてみましょう。
 ルーラの罪状は他の大型工事契約への便宜を図ったとして建設会社OASからグァルジャー市にある三層のマンション(TRIPLEX)の寄贈を受けたと言う一件です。
 この件は去年の内にクリチバのモロ判事(第1審)の手で「ルーラ有罪」と判決を受けましたが、その後、ルーラ側が「判決に不服だ」として上級裁判所に上告していました。
 ポルト アレグレにある上級裁判所(TRF―4、第2審)ではこれを再審、有罪、12年1カ月の刑を言い渡しています。
 有罪判決が出たら、いつ刑務所に入れるかについてはハッキリしてなかったのですが、2016年、最高裁判所はこれを審議し、「第2審で有罪となった被告は刑務所へ入れてよろしい」としています。
 で、国民は「今度こそルーラもブタ箱いりか」と思っていたのですが、ご承知の通り、これも実現していません。
 ルーラ弁護団が更に上級裁判所に上告したからです。これも却下されると今度は「不当に人の自由を束縛してはならない」という主旨の「人身保護令」=HABEAS CORPUS(別項参照)の適用を最高裁判所(STF)に申請したのです。

▼最高裁の審議はどんなもの?

 ルーラ側(弁護団)があらゆる手を使ってルーラを刑務所に入れまいと動くのは当然のことですが、それが外部からも注目されるには理由があります。
 ルーラが刑務所に入れば、ただ単に服役するブラジル元大統領の第1号となる「汚名」だけでなく、PT労働者党として目下最有力の大統領候補を失うことになるからです。
 他方、ルーラが抜けると目前の大統領選挙の様相がガラリと変わることになります。ナンバーワンが居なくなれば「好機到来」とばかり元気付く他候補も出るし、PT与党を突き崩して自派陣営に取り込もうとする動きも出て来ます。外野で見ているヤジウマにもこの選挙戦は面白くなりますよね。
 話を戻して、この「人身保護令」(HC。以下「保護令」と略します)に関する最高裁の判断が先日、3月22日、ブラジリアの最高裁法廷で下されました。当日、国民は今度こそ、ルーラが政治生命を絶たれるか?と固唾をのんで見守り、マスコミTVも完全中継体制で応えました。
 私も「あ、今日は、最高裁の裁定の日だな」とTVのスイッチを入れてみました。なるほど、最高の判事らしい人が並んでいます。黒い上っ張りみたいなのを羽織り、立派な風采の方々が難しそうな言葉で話しています。
 暫く聞いていたら、「保護令」請求の中味ではなく、まずこの保護令請求をうけつけるかどうかの「入り口」の議論をしていることが分かりました。見解を述べる裁判官が11人も居るので、結論はすぐには出そうもありません。
 時間つぶしにNHKに切り替えたらお料理の時間でした。先生の御婦人が話しています。「◎◎mlのお水をお鍋に入れて、これにお塩とお酒を少々入れて…」でした。「日本語は何でも〃お〃をつけるのか。平和でいいですね」が感想でした。
 しばらくして7時前に再びTVを点けると今度は、続けて「保護令」の中味を審議するか、どうか?の話になっていました。
 そのうち某裁判官いわく、「私は明日リオである会合に出る約束がある。で、今夜帰えるため、飛行機の切符を買ってある。ついてはこの審議をこの辺で一旦打ち切りにしてはどうか」でした。別の裁判官が発言しました。これから「保護令」の中味を審議したら相当の時間ととり、遅くなる。人間、長時間働くのは健康にも良くないし、判断力も鈍くなりかねない。審議、後日継続に賛成だ」でした。
 その後、別のニュースで結果を聞くと、この日は結論は出ず、「本日の審議はここで打ち切り、4月4日に再開する。ただし、4日の結論出るまではルーラの逮捕、収監は禁ずる」と言う事でした。22日の審議では以下のような判断が開陳されました。
 「以前、既に最高裁で『2審確定後に収監実施』と決めているのに再びまた同じことを審議することはない。ルーラ側の保護請求は却下だ」という審議反対派がカルメン長官を含む5人でした。これに対して「人身保護―HCは憲法で保障されている大切な権利だ。請求あったものを審議もせず、拒否してはいけない」という審議賛成派が6人でした。
 票は分かれたが、最高裁としては多数決で上述の通り、4日に審議継続をなった訳です。

▼これからどうなる

ルーラの人身保護令に関して話し合う最高裁判事ら(Foto Lula Marques/Lideranca do PT na Camara)

ルーラの人身保護令に関して話し合う最高裁判事ら(Foto Lula Marques/Lideranca do PT na Camara)

 「裁判所の偉いお方が注意深く慎重にことを運ぶことは分かったよ。しかしね、こちとらは忙しいんだ。早いところ白か黒か結論を言って貰えないかね」という世間の声が聞こえてきます。
 はい、そうですね。私も早く結論を示したいし、紙面のスペースも限られていますから、少し話をはしょりましょう。
(1)4日の審議で一人抜ける裁判官がいます。審議賛成派だったジルマル・メンデス氏が外国出張のためです。もし全ての裁判官が前回(22日)の判断通りに投票すると、HC審議に賛成5人、反対5人の同点となります。
(2)ところで賛成票を投じたローザ・ウェベルさんは22日の審議の際、こう言ってます。「私はもともと保護請求却下の考えでしたが、皆様の意見を聞いていて、今回は賛成に票を入れました」とのことでした。
 この金髪美人が再び請求否定の意見に戻ると「審議賛成4人、反対6人」となって保護請求賛否逆転となります。
(3)ただし、全裁判官は、「22日の審議延期の際の賛否はこのケースだけの技術的決定で、それがそのまま次回(4日)の自分の態度になるものではない。と明言していますので、最高裁としての最終結論がどうなるか、予断を許さないということでしょう。
(4)ルーラさんは庶民的で人に好感を持たれるタイプのようですが、既にやって来たこと、自分のグループがやって来たことの事実(不正)を動かすことはできません。
 今回のTRIPLEXの後にもアチバイアの別荘、空軍の戦闘機、などなど裁判対象になっている案件が目白押しです。論理的に押してくる検察に対しどこまでつぎはぎ策で対抗していけるか?疑問は消せません。
 終わりにリベルダーデの鈴木先生のコメントをご紹介致しましょう。
 「ルーラもね、いつまで第一線で闘う気なのかね。選挙運動になったら、昼も夜も、土曜も日曜もなく仕事の毎日だ。支持者の会合に出れば、まずいものでもパクパク食って元気のあるところを見せなきゃならん。酒だって乾杯だけでも相当飲む。健康に問題は出ないかね。ここでムショに入れば、早ね早起きで規則正しい生活ができる。食事だって、栄養過剰を防げる。義理の酒など飲まなくてすむ。少し静かな世界に入るのも本人のためには良いのじゃないか。70も過ぎてから厳しい世界に入っても、寿命を縮めるだけさ。ルーラも他の政治家、マスコミなどに利用されているだけと気づかないとだめだ。大統領選に出て落選するより、しばらく『別荘』で休養し、「ルーラは貧しいポーヴォ(庶民)のために戦った。皆の犠牲となって『別荘』におる、となるほうが名を残すことになるよ」

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