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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2009年3月25日付け

 「この島の人は誰も、一回も沖縄に帰っていない。そんなでは駄目です」。今回の県連ふるさと巡りでイーリャ・グランデに立ち寄った時、現地日系人全員が沖縄系であるにも関わらず、一人も沖縄に行ったことがないと聞き、一行に十一人いた沖縄系の参加者は、そう真剣な表情で危機感を訴え、急きょ島民を集め、沖縄系だけの臨時会合を始めた▼先祖崇拝を大事にする県系人からすれば、ご先祖さまの眠る地に家族の誰一人お参りしていないのは問題だ、と考えるのは無理もない。県系人としてのアイデンティティの重要さを切々と説く様子には、心を打たれるものがあった。旅行中、県系人に交じって談笑し、沖縄における門中(むんちゅう)や屋号の重要性を聞いた。どこの県人会に、これほどの伝統継承への熱意があるだろうかと思った▼邦字紙記者として、この島で取材していて最も気になったのは、誰一人名前の漢字を覚えていないことだった。会長しかり、二世の最古参しかり。記事中で漢字にしたのは『リオ百年史』で判明したからだ。わずか二世、三世の段階できれいさっぱり漢字を失っている姿はショックですらあった。もちろん日本語を話す人もいない▼あと二十年したら、サンパウロ市でも自分の漢字すら書けない日系人が大半を占めるかもしれない。未来を垣間見てしまった気がした。二世、三世に取材する時にも、敢えて「名前の漢字を教えて」と言い続けてきた。名前の漢字にだけはこだわりたい。日本語全部を覚えろとはいわない。何世になっても、せめて自分の苗字の漢字だけは、日系人であることの誇りとして使い続けてほしい。(深)

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