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食の話題=「労働の日」演出する=鳥のから揚げ+ポレンタ

グルメクラブ

4月30日(金)

 ルーラ大統領の声はなぜよく通るバスであるのか。七九年、労働者党(PT)のマニフェストが執筆された場所として知られるサン・ベルナルド・ド・カンポ市のイタリア・レストラン「サン・ジュダス」にいるうちわかった。
 レストランといっても体育館のように広い。そして混み合っている。日曜日、満足に注文も出来ない店内の喧騒に途方に暮れつつ、思った。このレストランでマイクなしに議論したり演説したりするとき、あの声域の持ち主でもない限り「主役」にはなれそうもない。大統領のバスがここでは物をいうなと。
 マリーザ夫人との初デートでランチを取ったレストランでもあるという。大統領と出会った頃は未亡人、次ぎの恋をためらっていたと伝えられる夫人を口説き落としたのは、金属工や革命闘士を一括した、あの低音ヴォイス、まさにその魅力だったのではないか。
 五月十四日、レストランで人気歌手レオナルドのコンサートがあるとの告知を入り口でみかけた。コンサート会場となるほどデカイのだ。四千人収容という聞いて気が遠のいた。壁にはかつて来店した幾多の歌手の写真が並んでいたがいずれもセルタネージャを歌う大衆歌手。ブラジル国旗を背に微笑む大統領の肖像写真(自筆のサインとメッセージ付)が同じスペースにあって、うなずけた。元ABCの労働組合長であれば大衆路線は筋金入りだ。
 大統領はレストランの「鳥のから揚げとポレンタ」をこよなく愛している。昨年、サン・ベルナルドに工場のあるブラジル・フォルクスワーゲン社創業五十年式典に出席した大統領は、「サン・ベルナルドは車産業だけではない、フランゴとポレンタでも有名である」とスピーチしたほど。あまりに好物であるため、時と場所を選ばず、二月に約二十人の著名ジャーナリストを集めてブラジリアで会食した際にも振舞っている。大統領の盟友、キューバのカストロ議長もまたファンでブラジルに来るときは夫人の手作りの品を忘れず食べて帰るそうだ。
 なるほど、レストランのそれは弾ける肉感とジューシーな味には格別なものがあった。ポレンタもよく揚がっていて、かつ冷えても旨かった。二人前で値段は約二十二レアルと安くはないが大統領推薦の「ブラジル随一の料理」。妥当だ。それに、労働争議のメイン舞台であったABCと大統領の歩みを思い起こせば、格別の歴史が詰まった料理でもあると、感銘に襲われるのは、ひとり私だけではないだろう。五月一日「労働の日」(メーデー)を演出する絶好のメニューともいえる。
 むかし「カウチポテト」という言葉が流行したことがあった。ポテトチップなどお菓子をつまみながらカウチ(ソファ)に寝転びビデオ映画を観賞するときなんかに用いた。メーデーの休日に、「鳥のから揚げとポレンタ」を食べつつ観るブラジル映画であれば、もう決まっている。
 Leon Hirszman『Eles não usam black tie』
 ときは八〇年、ABCの金属工スト、郊外の貧困地区の哀しい現実が描かれる。フェルナンダ・モンチネグロが涙ながら残り少なくなったフェイジョン豆を数えるシーンは映画史に残る。八一年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞を獲得、米国でも公開され反響を呼んだ。当時ブラジルでヨチヨチ歩き始めたばかりのPTがいつか政権を取ることを、世界は恐らくこの映画に予感していた。