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高齢化社会で始まった「長すぎる老後」への挑戦=(1)=一億総活躍時代の実現」の重圧=聖市在住 毛利律子

屋外の車椅子の男性と介護士(日本、フリー写真サイト「写真AC」より)

屋外の車椅子の男性と介護士(日本、フリー写真サイト「写真AC」より)

 第2次世界大戦後、世界の多くの国は超高齢化社会になり、各国が新たな課題に挑戦することになった。それは何かというと、「長すぎる老後」を、誰もが平等に快適な生を過ごせるか、ということである。
 仏教で説く「生・老・病・死」、「四苦・八苦」。これらはまことに端的に、「人間の一生」を要約している言葉と言えよう。この本質は変わりようがないが、現代人はありとあらゆる叡智を以って「美しく、健康で長生きできる方法」を模索している。
 日本は永年、世界最高位の長寿国である。そして昨今、「人生100年時代の到来」というブームが巻き起こっている。
 内閣府は2017年9月、「人生100年時代構想会議」を立ち上げ、今後、「高齢者現役社会」、「一億総活躍時代の実現」を推進するという。
 社会の少子化と高齢化によって深刻な労働力が不足している今日、65歳以上を一律に「高齢者」とみなすのを改め、将来的には公的年金需給開始を70歳以上も可能とする制度改正も検討される。
 60―64歳の就業率も2020年には67・0%まで引き上げられる目標が掲げられている。
 つまり、国を挙げて、超高齢化に備える計画に国民は積極的に参加し、長期的な老後資金に困らないように人生設計を立てる。
 高齢者はボケてはいられないということ。
 「いつまでも若々しく、バリバリ仕事をして、世の中のためになる老人」が今後の社会では求められる、ということ。
 これからのシニアは、理想的老後に向けて、家族関係も「自助努力」し、「自己責任」の意識を忘れず、社会的プレッシャーをバネにして生きる力がいる。孫の面倒を一手に引き受け、良いおじいちゃん・おばあちゃんになるための体力・金力が必要、ということか…ということは、不意の病や家族の介護を必要とするような事態になったら、さぞ居心地が悪くなるかしら…。
 いやいや、家族・親族一致団結して、「助け合いのキズナが強くなって…」と、前向きな期待を抱こうか等々、ため息交じりの不安感で気持ちが揺れてしまう。
 ブラジルの日系社会の高齢者は「肉食系」の方が多く、脂っ濃いモノ、甘いモノ、砂糖たっぷりのコーヒー、炭酸飲料、なんでもモッテコイの、とてもお元気で、明るく話好きな方が多いと見受ける。
 たとえ食事制限中であっても、「明日からダイエット」と食べっぷりは変わらない。しかも健脚なので、穴だらけの歩道でコケることもなく、バスの高い乗車口も軽々と乗りこなしている。
 それに比較して、この頃の日本、一時帰国のたびに痛感するのはあらゆる処にシニア(高齢者)への配慮が徹底していることである。サンパウロの道路と比較すると、まるで鏡のように滑らかである。バスの乗車口はぐっと低く安全だ。ショッピングモールの至る処に休憩所が設けられ、レストランでは持病に応じてカロリー計算されたメニューが選べる。シニア向けのスポーツクラブ、ダンス教室、パソコン教室など、挙げればきりがないほどシニア向けにあつらえられた施設に、たくさんの健康でハツラツとした人々が集っている。皆、姿かたち、服装も洗練されてカッコイイ。
 大手の本屋には喫茶コーナーがあり、クラッシック音楽が流れ、日長、読書をして過ごせるように工夫が凝らしてある。多くのジャンルの本の中でも、やはりシニア向けのコーナーは圧倒的である。
 健康志向の本から、現実的な、例えば、「親が認知症になったら銀行口座が凍結される」と題名を見ただけで焦ってしまう本。「今すぐ役立つ」介護情報本などが氾濫している。
 このように、一見、シニアの天国といった日本であるが、高齢者の深刻な問題がマスコミで取り上げられない日は無い。国は、増え続ける医療費の抑制、病院のベッド数削減のために「家で最期を迎える在宅医療」を打ち出した。
 老衰で寝たきりの介護や、いわゆる年老いた親を老いた子が介護する「老々介護」、高額の費用を払って入所した特養老人ホームで起きる入所者同士のケンカ、諍い、介護士による殺人、貧困老人が迎えるわびしい孤独死…など、貧富の差など関係なく、高齢者の置かれている過酷な状況が報道される。
 日本には昔から年寄りの世話は家族がするものだという共通の価値観があり、それは家族崩壊に至るほど深刻である。いつまで介護を続けなければならないのか見通しのきかない中で、介護を背負うものは疲れ果て、遂には親殺し、心中という最悪の事態に至る。
 高齢者の将来は決して他人事では済まされない。あらゆることが、明日は我が身に降りかかってきて、それから免れることはできないのだ。長く生きるということは、こういうことも含むのである。(つづく)

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