12月21日(火)
元住友本社常務理事で歌人の川田順(一八八二─一九六六)。六十六歳のとき、弟子の京大教授夫人で三人の子供の母親だった鈴鹿俊子と恋に落ち、死を決して家を出る。戦後間もない一九四九年十一月三十日のことだ。
〈墓場近き老いらくの 恋は恐るる何もなし〉
世間は、自由恋愛を象徴するスキャンダルとして注目。「老いらくの恋」は流行語に、そして十一月三十日は「シルバーラブ」の日になった。いくつになっても男は男、女は女である。
サントス厚生ホームでは八〇年代半ばごろ、地殻変動が起こっていた。入所者の主流はそれまで、男性の困窮者だった。コロニアの高齢化とともに、女性の入居が漸増。両者の数が近づきつつあったのだ。
九一年に建物を新築。入所者にも、恋愛を楽しむ余裕が生まれた。元シニア・ボランティア(一九九二─九四)の中村明人(57、秋田県出身)は「オープンな空気があったためで、施設内の恋愛なんてごく普通のことですよ」とあっけらかんに話す。
最高有料施設──。九四年に、市の保健衛生局から最大級の評価を受けた。その理由の一つに、お年寄りたちの生き生きとした表情があったという。
中村が居室を巡回したとき、男女が二人きりで部屋の中にいることがあった。間に割って入るようなことはせず、温かく見守ったそう。第三世代の性や愛について、偏見を持つのは大きな間違いだ。
手をつないで歩いたり、介護をし合う。パートナーを持ったことで高血圧が改善したり、失禁が減ったなどの例が、日本で報告されている。恋愛は、呆け防止につながるのかもしれない。
合計百九十歳のカップルが九〇年代半ばに、ホームで誕生。家族も認める関係となり、同じ居室で生活を始めたこともあった。三十周年の今年、平均年齢は八十四歳に届きそうだ。自立者の割合は落ち、要介護老人が増える一方。恋愛どころではないように思える。
斉藤伸一(ホーム長)は「若い女性に世話を焼いてもらえば、やはり男性の表情は明るい。女性にも同じことが言えます」と明かす。施設内の恋愛について、援協本部も本人たちの意思に任せる方針だ。
前述の歌人川田は自殺未遂を起こした後、養子に一旦連れ戻される。だが後に、二人は結婚にこぎつけた。禁断の愛を犯して、恋に落ちていった川田。果たして、いかなる余生を送ったのだろうか。歌集『東帰』には、こんな歌も残っている。
〈いらいらと終わりに近き波立ちて老いは静かなるものとなし〉
(敬称略、つづく)
■サントス厚生ホーム=〝ドラマ的〝実状(1)=毎日が戦場のよう 単調でないお年寄りの暮し
■サントス厚生ホーム=〝ドラマ的〟実状(2)=功労者,重枝正美さん 初期の経営に尽力