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デカセギの夫〝消えて〟9年=立ち直る非日系人妻(下)=舅の死に水をとった=薬局につとめ多忙な日々

2月17日(木)

 ブラジルで離婚訴訟を起こし、裁判官はファッチマさんの言い分を認めた。ところが、肝心の被告の住所が分からない。静岡市、豊橋市などを転々としているためだ。日本で発行されているポルトガル語新聞に尋ね人の広告を写真入で出した。
 同僚と名乗る人から一度E─メールが入り、携帯電話の番号が添えられていた。勤務先の日本人店主が代わりに電話をかけたところ、女性が応対したが夫の居場所を突き止めるまでにはいかなかった。
 「ここで裁判になっていることすら、彼は知らないのです」と、やるせない思いでいっぱいだ。これでは、養育費を取り立てるどころではない。自身の周りにも、十五件ほど同様の悩みを抱えた人がいる。
 野村次郎さん(現地文協前会長)によると、モジ・ダス・クルーゼス市では、弁護士や歯科医がイニシアチブをとって、デカセギに捨てられた家族が団結。損害賠償を求めて戦おうという運動が起こりつつあるという。
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 サコダさんは一人っ子で、母親は五歳の時にこの世を去っている。日本で消息を絶ったのは、妻子の扶養だけでなく、父親の老後の世話も放棄したことを意味した。嫁であるファッチマさんが、死に水を取ることになった。
 知人の具志堅茂信さん(援協事務局長)は「普通だったら、ほかの女と一緒になって行方をくらました男の親の面倒まで、みられないですよ」と感服する。舅が結核を患っていたから、なおさら頭が下がるようだ。
 子供たちに感染する恐れがあったため、舅は施設での生活を余儀なくされた。ファッチマさんが親戚に相談して、入居などの便宜を図った。その後、肺炎を起こして入院し、約八年前に死去した。
 亡骸は、モジ市郊外の墓地で荼毘に付したが、サコダさんは葬儀に戻ることはなかった。
 薬局に勤務するようになって、六年。化粧品の行商も続けているので、多忙な毎日だ。出口の見えないトンネルの中でも、明かりが見えてきた。
 節約に節約を重ねた生活で貯金が増え、モジ市セザール・デ・ソウザ区にマイホームを構えることが出来た。もちろん心の傷が癒えるわけはないが、「もし金銭的なゆとりがあるなら、大学に通いたい」と新たな目標も生まれた。
 上の子が十六歳で下が九歳。教育費がかさみ、子育ても大変な時だ。「まず、子どもたちを立派に育てたい。娘は容姿が悪くないので、モデルになれればうれしいわ」。取材中初めて、白い歯がこぼれた。
    (古杉征己記者)

■デカセギの夫〝消えて〟9年=立ち直る非日系人妻(上)=突然の別れ話「私は帰国しない」=子供かかえ呆然=行商や物乞いも

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