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日本移民108周年記念=囚人の署名 平リカルド著 (翻訳)栗原章子=(14)

 リストはつづき、安保三次郎、安保ハツタル並びに安保ハルの子息、32歳、既婚者、日本人、秋田県出身、耕作人、仏教徒、ペレイラ・バレット駅在住。
 安保キタロ、安保サブロ並びに安保ヤスの子息、22歳、未婚、日本人、秋田県出身、耕作人、バストス在住。三次郎とキタロは兄弟であった。
 ついで平兵譽の名前がリストに挙がっている。善次郎(Zenziro)並びに平イツの子息、29歳、未婚、日本人、鹿児島出身、耕作人、仏教徒、バストス在住。この場合、兵譽が拘留された町の名前が母親の名前になっており、父親の名前「じ」が「ji」ではなく、「zi」と表記されている。
 居城半藏(いしろ・はんぞう)、居城ヨリド並びに居城カトの子息、37歳、既婚者、日本人、新潟出身、工員、仏教徒、バストス在住。
 杉俣政次郎(すぎまた・まさじろう)、ヨソジロ・キタ及びシガ・キタの子息、36歳、既婚者、日本人、石川県出身、工員、仏教徒、バストス在住。
 日下部勇吾(くさかべ・ゆうこ)、日下部セイザブロ並びに日下部ハナの子息、31歳。既婚者、日本人、福島県出身、canteiro(おそらく庭師)、仏教徒、サンパウロ市在住、フェルナン・ディアス街634、ピニェイロス在住。
 重永實(しげなが・みのる)、重永シンジ並びに重永イチの子息、28歳、未婚、耕作人、北海道県出身、仏教徒、ベラ・ヴィスタ区、ファゼンダ・プログレッソ在住。
 荒木廣正(あらき・ひろまさヒ、荒木マサイチ並びに荒木オシオの子息、28歳、既婚者、日本人、北海道県出身、耕作人、仏教徒、ベラ・ヴィスタ区、ファゼンダ・プログレッソ在住。
 西山武雄、西山トモキチ並びに西山ツルの子息、35歳、既婚者、日本人、静岡県出身、耕作人、カトリック教徒、バストス在住。
 この11名の他に国家の治安を乱したという罪状で他の日本人も拘留されていた。拘留されている日本人は計四十二名にのぼり、その内の五名は女であった。
 拘置所は仮の牢獄として設けられていた。そこは、裁判を控えている者だけが拘束されるはずだった。しかし、時とともに、他の刑務所に空きがなくなったこともあり、普通の刑務所に様変わりしていった。あからさまに言えば、拘置刑務所は血生臭い暴動を次々に起し、いつ爆発するか分からない「火薬庫」として有名になってしまったのだ。
     ☆    
 政治犯扱いの日本人は他の囚人の影響を受けることを嫌って避けていた。拘置所のなかでは囚人がルールを定めていたので、彼らだけの房を持ち、彼らは常に中庭でも食堂でも固まって共に行動していた。そのような場所ではよく、争いが起こったり、罠をしかけられたりしていたからでもあろう。ブラジル政府の敵と見做されたグループの取調べの報告書はサンパウロ州社会政治保安庁の補佐官ルツガルデス・ポッジ・デ・フィゲイレード氏の報告書によると、日本人移住者の恩知らずな行為について次のように記述している。
 『ブラジルは、地質が痩衰えた伝統の国の子弟にとって「約束の地」となった。その民は将来の可能性が大だということで我が国に来ている。
 かの地の辛い生活を捨てて、天から与えられた肥沃な我が国土を傷つけより多くの収穫を得ている。ブラジルは異国人を快く迎えたので、多くの移住者が地球のあちらこちらから入ってきた。そのなかでも、数からいうと、ブラジル南部の州に住んだ日本人移住者が特筆される。しかし、間もなく、ミカドの民が自分たちの子孫の国に対して同化しにくく、不透明で敵意を持っていることを示した。サンパウロの日本人集団は彼らが常に人種の純潔を保つことを旨として、日本の環境を維持し、増加している』
 1938年8月28日に、国粋主義のニュアンスが濃い法令3010号が発令されると、それは、教育やメディアなど多方面に影響を及ぼし、黄色人種に対して国民の警戒は強まった。
 また、こういった処置は彼ら側からの反発もあった。自分達の母語である言語を次世代の二世に伝え、天皇家に忠誠を尽くせないような人間を育てるなど考えられない事であった。

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