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チェ・アメリカ・ラチーナ2 ボリビア

グルメクラブ

6月25日(金)

 快哉を叫ぶ。一杯三レアルのスープをして心動かされる機会は少ないだろうがソパ・デ・マニにはその魅力があった。
 原料はピーナッツ。象牙色の液体の中に、ミキサーで砕かれたジャガイモ、ニンジン、タマネギといった野菜類が確認できる。
 それにしても細心の注意で調味がなされていると思う。塩コショウ、ニンニクなどの風味、ピーナッツの香ばしさ。得がたい味である。その秘密はやはりアンデス独特の香料の組み合わせにあるとみた。
 サンパウロ市カンポス・エリゼオス区のボリビア料理店「RINCON LA LLAJITA」。創業は八六年の八月。主人フローラさんに聞いた。
 「生のピーナツの扱い方が難しい。食後、お腹が膨れないようにするため工夫が必要です。だれでも作れる簡単な料理ではありません。わたしもかつてはこんな風には作れなかった」
 日曜日だけの特別メニューだ。どうして?
 「国では毎日あるものですが、ブラジルに働きに来ている人は普段忙しくてここに食べるにくる暇はありません。日曜日であれば遠方からも来れますし」
 五万人ともいわれるボリビア人がサンパウロ市にはいる。大半は出稼ぎだ。本来、言葉の通じるアルゼンチンの方が好ましいが、二年前に端を発する同国の長引く経済危機で、ブラジルを選ぶ人が急増している。
 最近は毎月一千もの人がより良い暮らしを求めサンパウロ市にやって来るという。バスと汽車に揺られ六日間の厳しい旅、彼らの祖国は日本よりも「遠い」。
 毎日曜日のソパを慰めに、三K労働の苦しみを耐え抜いている出稼ぎが顧客の大半だ。望郷の念をソッパと共にぐっと飲み干す。
 サルテーニャは国民に最も愛されているスナックだ。小麦粉で作った皮に鶏肉やゆで卵を詰めて焼いたパンのようなもので、食べるとジュワっと肉汁が出てくる。ブラジルのパステルやエンパナーダがこれに勝る味を誇るとすれば、それは「逸品中の逸品」に限られるのではないか。そんな思い当る。
 豚肉の煮込みフリカセ。豚肉とインゲン、ニンジン、タマネギなどのトガラシ酢漬けエスカベチェ。あまつさえ、チャルキカンを賞味した。牛乾燥肉の揚げと、白い玉のような大粒のトウモロコシを一緒に食べる料理だ。胃の腑の隅々までボリビア高地の悠々たる風土が収まった気がし、しばらく泰然とした。
 店内には絶えずフォルクローレが流れている。「コンドルは飛んでいく」のごとく哀愁の調べである。すべて文化とは風土の産物である。音楽も料理も。サンパウロ市のボリビア人はここでつかの間、遠き故郷の土を踏んだ気分に浸る。
 それがなかなか叶わぬ週日日はどうしているか。いつだったか、旧市街リオ・ブランコ通りで深夜、ボリビア人たちが路上に群がっているのを見た。様子をうかがうと、湯気上がる鍋がある。照明もメニューもない、ゲリラ営業の屋台だった。
 韓国系アパレル業界で働く不法労働者といったイメージが一般に強い。ときには密室で奴隷のような苦役も強いられていると。屋台は、過当な残業で疲れ果てた客を見込んで営業していたのではといまになって考える。
 その翌日同時刻に再度足を運んでみたが見当たらなかったのは、摘発を逃れ移動したのやしれない。とまれ、故郷の味には異国でのため息を明日の希望に変える力がある。きょうも何処かでひっそりと湯気を上げているはずだ。
 高山の連なるかの国の大地は果てしなく、空は限りなく澄んで青い。日頃、閉ざされた作業場と、暗闇の屋台で過ごすことを余儀なくされている彼らのため、ソパの日曜日の空がいつも「ボリビア晴」であればよいと人知れず願っている。

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